「告白」がいると思います

On 2014/7/31 木曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

久しぶりの更新です。

某案件なんとか処理できました。 ここ数週間で200篇くらいの数の論文をメモを取りながら読んでmacに向かい文章を書くという作業を続けてきてやっと完成です♡。

月曜日の朝に原稿をmailで編集部に送ったのでこれで編集部から何か言ってくるまでなにもしません。

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小林秀雄に「蘇我馬子の墓」という文章があります。(文庫本では「モオツァルト・無常という事」に収録されています。

岡寺から多武峰へ通ずる街道のほとりに、石舞台と呼ばれている大規模な古墳がある。このあたりを島の庄と言う。島の大臣馬子の墓であろうという説も学者の間にはあるそうだ。私は、その説に賛成である。無論、学問上の根拠があって言うのではないので、ただ感情の上から賛成しておくのである

こんな風に始まる1950年に「藝術新潮」に発表された一種の随筆です。

途中に

歴史は元来、告白を欠いている。歴史のこの性質を極端に誇張してみたところに唯物史観という考えが現れた。奇妙な事だが、どんな史観も歴史を覆うことはできないもので歴史から告白を悉く抹殺したいという考えが通用する為には、一方、告白なら何でも引受けた文学が発達していなければならない。歴史はいつもそんな風に動く

という部分があります。

何が言いたいかというとオボちゃんの一件です。

「真相」「真相」というのですが皆のいう「真相」ってどんなものなのかよく解らないし,そんなものが明らかになるのかどうかもぼくにはよく解りません。

話がここまでくると、とにかく当事者の「告白」無しには幕は引かれないのではないかと思います。 例えば「有名になりたかった」、「皆をあっといわせたかった」、「誰か特定の人にほめてもらいたかった」とか「株で儲けたかった」とかあるとぼくなんて「そうだったんだ」と簡単に納得しちゃうかも知れませんしその後はもうどうでもいいかという気にもなるかもしれません。 ついでに全てのfigureのレシピなども教えてもらえると参考になりますよね。

「告白なら何でも引受けた文学」というのはこの場合、あの「ムーミン谷のオホホポエム」でしょうか。

New York Timesに面白い記事がありました。 米国の教会で信者の「告白」の記録が見つかったという話です。 お祈りをさぼったとか、結婚前にセックスしちゃいましたとかそんな話です。 “In Church Attics, Clues to the Private Life of Early America

10年後に明らかになるSTAP騒動の真相でもいいです。

しかし告白と言っても「藪の中」的な告白ではやっぱり「真相」など明らかにはならないかもしれません。仕方ありません。

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この問題でも多くの発言をしてこられた榎木英介さんが「嘘と絶望の生命科学」という新書を出版されました。

書いてある事は全て本当だと思います。


第5章「バイオを取り戻せ」の冒頭で、榎木さんはなぜ自分が「研究をやめた」かについて書いておられます。

ぼくも似たような事を考えた事があります。

留学先の米国から日本に戻るときに大学や病院でなくある研究所に理事長・理事面接を経て就職しました。 待遇(給料・研究費)はよかったと思います。 毎日夕方には一回帰宅して夕ご飯を食べて近くのプールで一泳ぎして夕ご飯を食べてもう一度研究室に戻るというような生活を送っていました。

しかしその中でいろいろと考えてこのままでは自分がダメになると考えて研究所をやめることにしました。

研究が主たる生活(実際は週に一度理事長に許可をもらって麻酔もしていました)に疲れたのかも知れません。別の研究機関へ移動すると言うより麻酔に軸足を置いた生活に戻る事にしました。

大学の元いた医局の教授に話したら教員の席をぼくのためには作れないということだったので当時一緒に研究を進めていた院生4人と一般病院に転出してそこで研究活動を継続しました。

基礎研究と臨床をできるところまで継続しよう、それができなくなったら基礎研究をやめようという考えです。以後その考えでずっとやってきました。

そこでわかった事は、研究というのは「どこでも」できるのだとうことです。 市中病院でも病院を選べばできます。異動した北野病院は市中病院ですがすこし特殊な病院で研究室がありました(成り立ち的には田附興風会医学研究所の病院が北野病院です)。 幸い呼吸器外科に本格的に研究を進めていた先生がいて研究機器などを使わせてもらう事ができて直ぐに研究室が立ち上がりました。当時できたらいいなと思ったのにできなかったことはDNA sequencingくらいなものでした。

結局、北野病院で過ごした日々はぼくの研究歴の中でもっとも楽しい時間を過ごした時期となりました。

研究は「人」が一番で「施設」や「お金」はやろうと思えば何とかなるのだということを学びました。

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朝日新聞にこんな記事が出ていました。

バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!」 という本もあります。

実際はいろんな規制があるのでそう簡単にはいかないとは思います。 しかし「がん研究レース―発がんの謎を解く」によればガン抑制遺伝子RB発見はこのようなDIY的な研究(行われたのはMGHでですが)から端緒が開かれたようです。結構心温まるエピソードが紹介されています。

現在のぼくの職場は私立医科大学ですがぼくが研究に必要とする測定機器一式は配備されています。 大学院生もやって来てくれて、テーマを限れば十分に研究の遂行は可能です。 大それた事を考えずに、できる事をできる範囲で行うということを続ければ研究は続いていきます。

バントでもよいのでとにかく出塁しているうちに三塁打を打つのが目標です。

自分でも実験をしていて、目下の最大の問題点はぼくの「老眼」です。この克服は結構至難のわざと思います。さっきも危うくwellを間違えかけました。

 

第4章「研究不正」では「分子生物学会の会員へのアンケート結果」とNature誌に発表された研究者3247人へにアンケートの結果(Scientists behaving badly )が紹介されています。 ここで紹介されていることが「研究不正」というなら今まででいくらでも見てきました。 直接批判したこともありますが大抵は無視されました。 共著者にならないのであればぼくの責任の範囲外と思うしかありません。

 

ということは実際にはあります。

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嘘と絶望の生命科学」に「書いてある事は全部本当だ」と書きましたが一つだけ同意できないことがあります。

「論文、論文、論文」(p173から始まる段落)でPublish or Perishなどど書かれていますが多くの大学教員・研究者について少なくとも日本ではこれは成り立ちません。多くの特に医学部の臨床系の教員にとっては論文など実は大きな意味はありません。某大学に9年ほど前に異動したときも臨床系の教員は研究成果を出すことを期待されていないからと教授に言われたことを覚えています。つまり研究は「趣味」でやってくれと。

臨床系では教授以外の全ての教員の人事は担当の教授が全て決定してそれに異論をはさむ人はいません。 どんなに研究業績があって普通の医療行為ができる人であっても教授に気に入られなければ出世しません。 また助教への採用にも博士号はおろか研究業績も必要がありません。これはいわゆる旧帝国大学でもそうなのです。 論文などいくら書いたところでまたその論文がいくらインパクトが高くても医学部の臨床科ではほとんど昇進などに関係はありません。 論文などたくさん書き研究業績はあるとむしろ嫌みに思われるのが「落ち」です。 臨床も研究も人間の知的能力の発露であるので普通に両方できる人はいくらでもいるのですが、研究をしていると臨床能力に乏しいのではないかと邪推されることさえあります。 なので研究をして論文を書く必要はごく一部を除けばありません。

それではなぜ「ディオバン事件」が起こるのか。 これを説明するのはぼくでもすこし憚られます。


医学部では博士号の取得に関連してお金が動くという「都市伝説」については少なくともぼくの所属していた講座では見たことも聞いたこともありません。 少なくとも15年くらい前までは京都大学の医学研究科でもそのような事が実際にあったとは聞いたことがあります。 しかし、いまだにやっているところは「ない」とは思っています。

今回、早稻田大学の大学院があんなに野放図と知ってびっくりしました。自分が直接指導する大学院生の論文は自分の論文より詳細にチェックするというか心配でしてしまうのが普通の感覚では無いかと思います。あれで「学校の先生」がつとまるのであればこんな楽な事はないともいます。

 

こんなことを言う人もいて「ギョッと」はしますがそういったこともあるかなとは思います。 しかし、博士授与の実積といってもぼくのような職位ではそれは実積にはなりません。全て教授の実積となります。誰にもほめられません。

PNASに身も蓋もない結論の論文が出ていました。(Elite male faculty in the life sciences employ fewer women )

こんな話もあり結局は皆大きな大学の研究室や医局に集まるのだと思います。 しかし研究はあくまでも研究室の単位で行われるものです。旧帝国大学の講座であるからといってすべて素晴らしい研究を行っているわけではありません。投入されているお金との関連で言えばかなり「お寒い」講座・研究室があることは事実です。

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impact factorの最新分が発表になったそうです。(参照

一方、Pubpeerでは” A crisis of trustと題するブログエントリーが出ていて

Sanfransisco DORAからはimpact factorを使わない研究者の評価法について以下の様な勧告が出ています。( Inspiration and Good Practices)

Thomson Reuterからは THE WORLD’S MOST INFLUENTIAL SCIENTIFIC MINDS 2014  が発表されたりもしていますのでさすがにより重要なのは掲載された雑誌のIFではなく個々の論文の引用回数だということでしょうか。まあ当たり前ですね。

さらに、Natureでさえこんな論説を出しています。

だからといってImpact Factorの呪いは解けないと思います。

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小林秀雄の「蘇我馬子の墓」はこんな風に終わります。

私は、バスを求めて、田舎道を歩いて行く。大和三山が美しい。それは、どのような歴史の設計図をもってしても、要約の出来ぬ美しさのように見える。万葉の歌人らは、あの山の線や色合いや質量に従って、自分たちの感覚や思想を調整したであろう。取り止めもない空想の危険を、僅かに抽象的論理によって、支えている私達現代人にとって、それは大きな教訓に思われる。伝統主義も反伝統主義も、歴史という観念学が作り上げる、根拠のない空想に過ぎまい。山が美しいと思った時、私はそこに健全な古代人を見つけただけだ。それだけである。ある種の記憶を持った一人の男が生きて行く音調を聞いただけである

多くの科学者はその名前が後々まで語り継がれることはめったにありません。ノーベル賞を受賞した人くらいでしょうか。

そう考えるとゆっくりやっていきたいという気にもなります。

家内からはどうせノーベル賞は取れないのだから即座に研究をやめて金儲けに走れと常に言われています。

ごく健全な考えだとぼくも思っていますが確実に儲かる方法が思いつかないので結局は現状維持です。


嘘と絶望の生命科学 (文春新書 986)

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東浩紀さんの「弱いつながり 検索ワードを探す旅」を読みました。

示唆的で考えさせられるところが多い本だと思いました。

「弱いつながり」をきちんと作るには、排除の論理が必要かも知れません。その「論理」は別に公である必要はないし個人的なものでよいと思いますけどとにかく排除性は必要です。

研究室もこのスタンスで運営できれば楽しくいけると思います。本当は医局もこれで良いと思うのですが大学とかだと閉鎖性、排除性を押し出すことができないから…

弱いつながり 検索ワードを探す旅

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