Oliver Sacksの遺言

On 2015/2/22 日曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

Oliver Sacksの遺言

2/19付けにOliver Sacks氏がNew York Timesに寄稿したものが公開されました。(My Own Life )

編集部がつけたのでしょうか”Oliver Sacks on Learning He Has Terminal Cancer”という副題がついています。

末期癌を患っている自分が今現在どのようなことを考えて生きているかを綴った文章で世間に向けた「別れの言葉」となっています。

この「記事」には今現在808のコメントが付いていますし、”The Gift of Oliver Sacks: A Life in Full“という特設ページでは様々な人たちからのOliver Sacksへの”Letter”が公開されています。 少し調べたらCNNに加えて米国の三大ネットのweb pageや各紙でも取り上げられています。

引用してみます。

I feel a sudden clear focus and perspective. There is no time for anything inessential. I must focus on myself, my work and my friends. I shall no longer look at “NewsHour” every night. I shall no longer pay any attention to politics or arguments about global warming.

This is not indifference but detachment — I still care deeply about the Middle East, about global warming, about growing inequality, but these are no longer my business; they belong to the future. I rejoice when I meet gifted young people — even the one who biopsied and diagnosed my metastases. I feel the future is in good hands.

Steve Jobsの山上の垂訓のような趣です。

人生にもいろんな相があります。生き死ににもいろんな相があるということです。 身体的な人生の終わりの他に、例えば研究者としての人生の終わりもあります。

どこまでも「自称研究者」であると自分で主張することは可能だとは思いますが誰でもどこかでその「人生」も閉じる必要があります。 いくらやっても研究成果が上がらないという理由もあるかもしれません。研究費が尽きるというような外因でそれが強いられるとすると不幸かもしれませんがそれも一つのきっかけと考えればそれはそれでよいのかも知れません。

土曜日の朝あるブログエントリーを読みました。

私が研究者を辞めた理由」

面白い内容だったのですが今現在非公開になっています。

大学院を出て助教になって研究を進めていた著者が「結局なぜ研究者を辞めたかというと、やりがいが無くなったからとか、つまらなくなったからとかしか言いようがありません。」ということで研究者をやめて転職したという内容です。 情熱がなくなるということは最も本質的な理由なのかも知れません。

最も不幸な状態は、研究者である「振り」をしないといけないという状況だと思います。大学などでポジションを維持する為に研究している振りをしないといけないとすれば不幸だと思います。

ぼくも残り二つの研究テーマは是非とも自分の手で決着をつけたいと思っていて何とかそこまではこの世界で生き残っていきたいとは思っています。

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