「二重螺旋 完全版」を読んで

On 2015/6/13 土曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

昨日手術室でお昼のときテレビがついていて原田伸郎さんがでていました。

研修医さんが3人いたので知ってる?と訊いたら知らないということでした。

そもそも「あのねねのね」も知らない。関西人なのにどうなんだろうと思いました。

と書いていたら今日の日経に清水国明さんが…


実験に必要なので凍結してある細胞を融解して培養を開始しました。 1998年の2月に凍結した細胞が見事に復活!!

2003年に凍結された某細胞はちょっと微妙。 なんとかなってもらいたいものです。

最近分けてもらった細胞もあるのでincubatorが一杯一杯になりかけています。

 

一昨日は、plasmidのインサートを確認するためのPCRをM尾さんにしてもらいました。研究室に置いてあったthermal cyclerを使ったのは今の研究室に移ってはじめてだったと思います。使ったtaq polymeraseも10年前のものでしたけど問題なくwork。

さすがです。Taq polymeraseの事ですけど。


二重螺旋 完全版

二重螺旋 完全版」を読みました。 “The Annotated and Illustrated Double Helix“を青木薫さんが訳したものです。

新潮社のサイトから引用すると

生命の本質、DNAの立体構造はどのように発見されたのか──旧版にはなかった貴重な資料写真、関係者の間で交わされた書簡、研究結果を記したノートの図版、そして「幻の章」など多数収録。ライバルたちの猛追をかわし、生物学の常識を大幅に書き換えた科学者たちの野心に迫る、ノーベル賞受賞までのリアル・ストーリー。

旧版にはなかった貴重な資料写真、関係者の間で交わされた書簡、研究結果を記したノートの図版、そして「幻の章」など多数収録が収録されていてさらに注が詳しくなっています。

ぼくは大学生の時に、Penguin Bookになっていた”The Double Helix“に挑戦したのですが英語が難しくこの本の価値を「正しく」理解できませんでした。(今ではネットで全文を読むことができます) その後中村桂子さんの訳で読み切りました。

今回もう一度読んだわけです。印象がかなり違いました。 これにはいくつかの理由があると思いました。

  1. 自分が変わったから  自分が研究者になってそれ故いろんな経験をしたので大学生の時とは受け取り方が違う
  2. 完全版となったから  さまざまな資料が加わりそれを読むことで当時の背景がより詳細に伝わってきた   というような事情が挙げられると思います。

Watson自身は”Preface”で

In doing so I have tried to catch the atmosphere of the early postwar years in England, where most of the important events occurred. As I hope this book will show, science seldom proceeds in the straightforward logical manner imagined by outsiders. Instead, its steps forward (and sometimes backward) are often very human events in which personalities and cultura traditions play major roles.

とか

I am aware that the other participants in this story would tell parts of it in other ways, sometimes because their memory of what happened differs from mine and, perhaps in even more cases, because no two people ever see the same events in exactly the same light.

とか書いています。

たぶんWatsonは正直に彼らの発見の周辺を彼がみたと思った通りに記述したのでしょう。この完全版に目を通すとWatsonの意図が見えてくるような気がします。この本は初め”Honest Jim”というタイトルで行くことになっていたとのことです。

この本を読もうとする人へのアドバイス。是非隅々まで読んでください。新しく加わった部分がとても面白いのですから。

例えば補遺1

CrickとWatsonの書簡が収録されています。残念なのはこの部分の翻訳がないことです。

Crickの手紙は彼から彼の息子に宛てたものです。自筆の手紙は読みにくいのですがNYTでタイプしたものを読むことができます。 かなり感動的です。

この手紙結構高額でオークションで落とされてもいたのですね。

 

補遺4 p424にはCrickからWatsonに宛てた”Honest Jim”出版への異議申し立てのすごい手紙が載っています。

彼らの発見は今ではネットで簡単に読むことができます。(“Molecular Structure of Nucleic Acids: A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid“)

大学生の時に図書館でこの論文を読んだときあまりの短さにびっくりしました。これでノーベル賞!?という印象を持ちました。

彼らは何かを発見したというよりモデルを提案したのです。

実際にこのモデルはいろんな批判を浴びたわけですが、彼らのモデルを保管するように様々な発見がなされていき結局はDNAが遺伝子の本体であると説が揺るぎない事実と認識されるのと同じくして揺るぎのないモデルとして確立されていったのです。

 

例えばDNAのSemiconservative replication。

M.メセルソンとF.スタールの行った実験はぼくが理想とする実験の一つです。 理論というかモデルが正しいなら当然的に導き出される実験結果を極端に単純な実験を行うことで示していくという手法です。

これすごいですよね。 こういう実験をしてみたいものだと学生の時からずっと思っています。


良いサイエンスとは

某SNSで坂野仁さんの少し前のインタビューがぼくのTLに登場してきてました。

少し引用してみます。 村松というのはこのインタビューのインタビュアーを務めた当時東大の院生だった方の名前です。

村松:良いサイエンスとはどんなものだとお考えですか。また、良いサイエンティストとは。

坂野:よく言うんですけど、オリジナリティとアイデンティティ。有名になるとかいうことでなく、とりあえず教科書の1章に書いてもらえるような仕事をすることです。学生さんが、さあ、何をやったら良いだろうと考えるときにですね、いろいろな教科書を見て、この教科書が次に改訂されるときに、何が書き加えられるべきか、という目で見なさいというんですよ。そういうふうに教科書を読み、そのうちのいくつかをやってみて、3年後か5年後に、そこに書いてもらえるような仕事をすればいいんですよ。

ぼくにも、とにかく他人の世界観を変えるような論文を出したいということがあってその為には教科書とか総説に取り上げられる必要はあるわけです。 一章まるまるはないけど分子生物学の教科書の図に取り上げられるような仕事は取りあえず二つはしたと思っていてその意味では幸福な研究者人生だと思っています。

米国でお世話になったGLSさんは総勢三人くらいの研究室でHIF-1の単離に成功しました。

ぼくが合流1999年の直前までルシフェラーゼアッセイはβ-galと蛋白定量で校正していました。thermal cyclerはPerkin Elmerの初代モデルでオイルを使って反応させていました。途中で壊れたのですがどこかから使っていない同型モデルを調達来てくれたのですがこれも壊れていてやっとヒートボンネット付きのものを買ってもらいました。

GLS研では、当時、いわゆる「低酸素センシング」の仕事はしないということになっていたのですが別口でやっていたプロジェクトからFIH-1が単離できて結局「低酸素センシング」機構の解明でも大きな仕事を達成できたという御仁です。GLSさんは教科書の一章どころか教科書一冊分くらいの貢献をしたと思います。

一度、二畳くらいの広さの彼のスペースで、彼から真顔で「Kiichi、ぼくは研究を通じて人類の知恵の樹の実を育てているのだ」という話を聴かされたことがあります。ちょっとびっくりしました。

 

ぼくは入門した先生から一度破門されたことがあるのですが、その先生からうけたアドバイスはずっと頭の中に残っています。

大学院の時代に一流雑誌に論文を載せるとかそういうことを考える必要はない。お前(ぼくのことです)みたいな頭の悪いのは-比喩でもなんでもなくそういわれたのです。ぼくは相当頭の悪い人間と認識されていたのです-一流研究室で促成栽培のような論文を作っても続かないから10年後に何とか自分の仕事と人から認めてもらえるような事を見つけてそれにしがみついて生きていけ

 

村松:たとえば、学生さんが、プロジェクトを進めてきて、うまく行かなくなったときには、どのような指導をされるのですか。

坂野:そうですね。これはプロジェクトの中味にもよるし、その人の能力にもよりますし、要素はたくさんありますからね。それはまあ、適宜、もうやめたほうがいいとか、研究室を変えたほうがいいとか、そういうことも含めて、言わなくてはいけないときには言います。でも、まあ、東大の皆さんは、それはそれなりに優秀なわけですし、何かに才能があることは間違いないわけです。向いてないこと、嫌いなことを我慢してやることはないと思うわけです。 ただ、うまくいかないからやめるとか変えるとかいうのは、問題です。特に東大の学生さん達はずっと優秀で来てますから、満点でないと気がすまない。10やって9うまくいかないと人生終わりみたいに思う人が多くて、そこの教育がなかなか難しいですね。たとえば、研究室の報告会でデータに対して厳しく議論することは、ものすごく大切でしょう。いい加減なデータで無責任なことを学会で言ってたたかれるより、研究室の中で厳しく言い合う方がいいと思う。お互いなあなあでやる方が楽しい、というようなスタイルの人の発表を、これではいかんと思って追求すると、皆の前でさらし者にされているように感じる人が多くて、困ります。しかし、そこは譲れないところだから、慣れてもらわないと。良いものははっきり良いと評価して、駄目なものは何だって駄目なんだと、そういう雰囲気でやってかないと、サイエンスっていうのは、具合悪いと思います。

 

ぼくも米国にいたときは、某GLSさんとのやりとりが一番大変でそこが終わった原稿はほぼそのまま追加実験無しにアクセプトされることがほとんどでした。当時、3年くらい追加実験というものをしたことがありませんでした。絶賛されて少し直すだけ。

某FIH-1の論文もChuvash Polycythemiaの論文も追加実験無し。

とにかく一緒にやっている人にダメだしをされるような貧弱なデータを出版するのはよくないよねというのがぼくの方針となりました。

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