「エビデンシャリズム」

On 2015/8/17 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

今年も暑かったのですがすっかり涼しくなってしまいました。昨日家の周りでも赤とんぼを目撃しました。

送り火も終わって頭の中も秋モードです。

 

夏の初めから取り組んでいた某新プロジェクトの実験系がようやくできたとM尾さんから教えてもらいちょっとホッとしています。臨床上すごく重要な事なのに実験医学的に手つかずのことがあるんです。

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最近の話題で一体どういう事なのか解らないことの一つに2020年の東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム問題があります。(参照1)

似ているか似ていないかといわれれば似ているとぼくは思っていました。 同時にあんなに似ているエンブレムをオリンピック・パラリンピックのエンブレムとして選定するってどうなのかなという感想も持ちました。

というtweetもあってそりゃもっともだ、とも考えていました。

その後担当したデザイナーの事務所の仕事でいくつかの問題が発覚しました (参照2)。 

これに対していろんな人がいろんな立場でいろんな意見を出すのですが昨日こういう考え方もあるのだなというtweetを読んで考える事がありました。

 

様々な「業界」にはその業界に特有な慣習があり業界人には周知されていてうまく業界が廻っているということがあります。

医療の「業界」にも生命科学研究の「業界」にもそれはあります。国例えば米国と日本でその慣習が異なるということもあります。

小保方さんへの批判にも慣習からすればやり過ぎという側面はありました。

 

「エビデンシャリズム」ってうまいこというなと思いました(参照2)。

 

最近論文を投稿したらraw dataをすべて登録してくださいといわれました。

ここでいうraw dataって何なんだろうと考えました。

最近の測定機器には大抵パソコンが付属して測定結果はPCのfileとして出力されます。出力形式をCSVなどとして取り出してその後の解析(コントロールを100%としたり統計処理をしたり)に供する訳です。つまりいわゆる”raw data”はそのままでは他人には「解読不能」なのです。

とにかくそれにちょっと注釈を付けてまとめて登録したらそれでOKとなりました。

しかし考えればその”raw data”だっていくらでも改変することもできるのだからよく解りません。

 

臨床医学研究ではすでに

こんなことが起きているそうです。

 

普段、テレビをリアルタイムで観ることはほとんどありません。朝起きて家を出るまでニュース番組を流しておく程度です。

「鶴見俊輔~戦後日本 人民の記憶~」の再放送があって録画してあったものを観ました。 今回気づいたことがあります。 哲学者のWhiteheadの最終講義のその際後に彼が発した言葉が”Exactness is fake“だったということです。 この話を鶴見氏はいろんなところで話していたようです。(参照3)

精密さというのは、一つのつくりものにすぎない。人間がもっているほんとうのものは、ぼんやりしたものなんだ。それこそが、しっかりした、たしかなものなんだ。そういう人生観だね。

ちなみに上野千鶴子さんが朝日新聞に鶴見氏への追悼文を寄せています。

京大に合格して上洛したとき、会いたいと切望していた鶴見さんを同志社大学の研究室に訪ねた。「鶴見俊輔」と名札のかかった研究室の扉の向こうに、ほんものの鶴見さんがいると思ったら、心臓が早鐘のように打ったことを覚えている。おそるおそるドアをノックした。二度、三度。返事はなかった。鶴見さんは不在だったのだ。面会するのにあらかじめアポをとってから行くという智恵さえない、18歳だった。

たぶんこれはパクリだと思うのです。 鶴見氏が吉本隆明氏について寄せた文章

戦後まもなく、学生だった吉本が「春の枯葉」の上演許可を求めて太宰治に会いに行ったのも、彼が太宰の中に同質のものを読み取っていたからだろう。自宅には不在で、教えられた行きつけの飲み屋に行くと、果たして太宰が居た。そこで上演許可をもらい、しばらく雑談をした。 戦時中に太宰の作品に出会い、その世界に引き込まれた私もまた、吉本と同じ頃、講演の依頼で二度ほど太宰のもとを訪れた。あいにく二度とも留守だったため、私はあきらめて帰った。運不運もあるが、その場で吉本のような才覚と機転を、私は持っていなかった。

どうでしょうか。どうでもいいけど。

また昨日午前テレビを観ていたら織田信成さんがバラエティータレントになっていてびっくりしました。家内に話したら「こんなこと今頃知るってバッカじゃないの」ということでした。

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 輸血拒否

「エホバの証人」というキリスト教系の新宗教組織があります。 聖書の血を避けるべきとするいくつかの記述に基づきエホバの証人の信者さんは医療現場で輸血拒否という立場を貫く場合があります。 医療者からみると輸血を絶対にしないという条件で例えば外科的な手術を行うとするといろんな困難にぶつかることがあるので対応に困る場合があるのです。

雑誌New Yorkerにここら辺の事情を解説した記事がまとめて三つ出ていました。

ここでの記載は専門的に判断すれば全て正しいとはいえないと思いますがとてもよい総説になっていると思います。

英国の小説家Ian McEwanの最新作は”The Children Act”です。

成人している信者さん本人が自分の判断で輸血を拒否するということは権利として認められていると思いますが未成年者が信者である親の意思で輸血医療を受けられないとすればそれは人権侵害ではないかという議論があって”The Children Act“もそれをめぐる物語です。

McEwanの小説としては短い方だと思います。興味があれば読んでみてください。そのうちに日本語訳が出版されると思いますけど。

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