日本区域麻酔学会という学会があり第一回学術集会が岡山で金曜日・土曜日の日程で開催されました。 土曜日だけ参加してきました。

 

金曜日の夜に新大阪を出ると45分で岡山です。枚方から梅田に移動するのと時間差がありません。

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駅を出て夕ご飯を食べようと思ったのですが地下商店街はすでにシャッターが下りていました。 通路では警察が出て地下道の「住人」に事情聴取的なことを行っていたのが印象的でした。

宿は駅に隣接した学会の会場と同じ敷地のホテルでした。NHKの隣です。 コンビニに寄ってみると顔見知りの製薬会社の方がいらしたので10分ほど話しました。 学会の参加者がすごい数になっているのだと聞きました。

いつもの習慣で翌朝は5時くらいに目が覚めました。

ホテルを出てそこら辺を歩きましたが何もありませんでした。駅の周囲には何も無いのですね。

朝ご飯を早々に食べて8時に一旦会場にタグを取りに向かいました。すでにすごい数の参加者です。プログラムを見てみるとリフレッシャーコースが8:00から始まっていたのでした。

このコースの受講は専門医というか認定医というかそういったものの試験の受験資格の要件になっているようです。

 

二つの会場でシンポジウムと講演が走っていてそこにリフレッシャーコースとハンズオンセミナーが伴奏するという形式で運営されていました。

 

お昼はランチョンセミナーを見送って某氏と摂りました。

 

またさらに製薬会社の片から金曜日に聴いた参加者数に三〇〇人くらい上乗せした数を聴きました。恐るべしです。

 

会場に戻りシンポジウムのうち合わせを行い14:00からセッションが始まりました。

ぼくは局所麻酔薬の毒性の専門家では無いのですが局所麻酔薬を用いた研究は行っていたのでその結果をお話しました。

今回過去(2000年くらい)のデータをチェックしていたら結構面白いデータを見つけました。押さえの実験を二つ程度行えば論文にできると思いました。今回の収穫の一つです。これだけ長い間誰もこの現象に気付かないのですから不思議ですね。ぼくも忘れていたのですけど。

 

「学会」と聞くとまず参加しない理由を考えてそれが否定されると参加するというくらいぼくは出不精なのですが一旦参加してしまうといろんな人と出会って話します。

お昼ご飯の時間を除いても合計小一時間は人と話していたと思います。わざわざ会場まで自分が移動することの意義がこういうところにあるのだと思います。

 

シンポジウムが終わり学会からiPodを頂きました。

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帰りの新幹線を待っているときに駅の待合室で森本さんを見かけました。「ヒマそう」に見えたので話しかけようと思ったのですがぼくが別のことを始めてしまい遠慮しました。


 

 

すこし言い過ぎ感はあるものの言わんとする意味合いはぼくにはよく解ります。

general physician、総合医、家庭医の育成に力点を置くのもこういった考えに基づいていると思います。

医療関係者が「せっせと手を洗う」だけで大きな「差」が生じるのです。

いかににガンを「直す」かと同時にいかに「ガンをもったまま生きて死ぬか」ということが現代では重要視されてきていると思います。

 

今回参加した日本区域麻酔学会は基礎的な学問を追究する学会ではありません。

臨床上の問題点の解決を目指して皆が模索しているような学会です。

その意味では参加するといろんな事に気付かされます。若い先生方の発言も多いと思いました。

 

研究を始める時に師匠から「あなたの研究で医学・医療現場が変わるとか努々思わないように。あなたの研究とは全く独立に医療現場というのは患者を含めた医療に参加する全ての人の日々の努力で毎日一歩一歩変革されているのだから。」と言われました。

池田さんのtweetもそういうことを言っているのだと考えれば合点はゆきます。

 

当然的に医者の養成の制度も変わるべきと思いますがこっちは旧態依然としています。

基本的には6年間学校に通うわけですが「過程を済ませた者」にはどんどん飛び級を認めるべきだと思います。 また医学部・医学校に所属しなくとも基礎医学の分野では試験で同等な能力があると認定されてた者には臨床実習に進む権利を与えるべきだと思います。 臨床実習は大学病院で行う必要は必ずしもありません。世の中にはいくらでも病院が存在します。

昨年こんな事があったそうです。(参照

しかし、人命を預かる医師となる可能性が高い以上、強い使命感をもって勉強しなければいけない。いい人生勉強になったのでは

のだそうですが失当です。資格は単純に資格です。使命感とは別物でしょう。医療において使命感とか信念ほど厄介なものはありません。使命感とか信念というのはブラック産業のキャッチフレーズです。

 

言いたいことは試験に落ちた者でも医者になれるのであれば試験に「合格」する能力をもっている者に当然的に医者になる道を拓くべきだということです。

生命科学系の基礎研究者に医者への道を拓けと言うことです。

 

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