“日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で” (水村 美苗)

雑誌に前半が発表されたときから話題を呼んでいた水村氏の評論ーかこれはーが出版された。

雑誌は図書館で読んだのですが本の方は買って読みました。

日本で生まれて育ったのでずっと日本語で読み書きを行ってきました。

中学で英語を学ぶようになりましたが少なくとも大学に入学するまでは英語は学ぶ対象でしか無く英語を何かの目的に使うというようなことはありませんでした。大学に入り医学の専門課程を学ぶようになりはじめて英語を道具として使うようになりましたが読み取るということがほとんどで英語で自分の考えを記すというようなことは皆無でした。大学生の自分は英語で小説を読むということは無かったのですが、留学中に英語で英語の小説を読むという週刊ができました。しかし英語で読んでenjoyできる作家の数はそう多くありません。例えばぼくはIrvingやRothはOKですがPynchonやDeLilloの小説を英語で読み通すことはできません。結局中途半端な英語力にとどまっているわけです。

ぼくは家内と結婚していわゆる新婚旅行に出かけるまで外国に出かけたことはおろか飛行機に乗ったことさえありませんでしたので当然英会話をしたこともありませんでした。ーちなみに新幹線に乗ったのは高校二年生の時に京都奈良に修学旅行にきたのがはじめてでしたー

大学院に入り研究をするようになって英語で自分の考えたことを表現する必要に迫られやっと英語で文章を記すという体験をすることになりました。論文の執筆はぼくにとっては結構苦痛で最初から最後まで自分で仕上げた論文はたぶん30編くらいしかありませんが一つ一つに投入した時間と精神力はかなりのものになっているはずです。

今や書いている文字数が日本語より英語のほうが多いという日の方が多いような生活をしていますが、これくらいの労力を投入してもまだ満足に英語が書けないし日本語の文章もいまいちというぼくのような人間がうみだされているという現状を憂いた本です。

ぼくもできることなら養老先生のように

若い頃は専門の論文を英語で執筆していたが、研究の論文の英語表記への統一化によって日本語特有の表現ニュアンスが失われることを嫌い、画一的な基準を好む「論文づくり」の世界に対して懐疑的となった。同時に日本語で科学を書くことに関心を抱き始める。それゆえ40代になって教授に就任して以降は、一切英語の専門論文を執筆することをやめてしまった。前後して、一般の雑誌などに日本語の文章を執筆する機会が増えていった。wiki

こんな感じで行きたいのですがいまぼくが英語の論文を書くのを止めれば研究費をもらえなくなるので無理。今日も院生のW先生の論文をあれやこれやと批判して書き直してもらっているのですが本当は彼の表現したいことを尊重するのがよいのだとは解っていても”画一的な基準を好む「論文づくり」”のためには仕方ないのだということもありぼくの論理を押しつけてしまいました。

それでは日本語で書いたからと言って日本語のニュアンスを容れた大論文が書けるかと言えばやっぱりダメなのかも知れません。

おそらくここ数年は、日本における国語教育、外国語教育が論じされるときに必ず参照される本になると思います。

まあとにかく買って読んでください。

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