ガイドライン

医療の世界にガイドラインというものがあります。  wikiの記載によれば

医療現場において適切な診断と治療を補助することを目的として、病気の予防・診断・治療・予後予測など診療の根拠や手順についての最新の情報を専門家の手で分かりやすくまとめた指針である

このようなものです。 このガイドライン今では、医者の頭の中をはじめ病院のそこら中に転がっています。 どんな風に使われているかというと、

根拠に基づく医療(EBM)を通じて診断・治療方針を決定する際には最新の医学研究の成果を知っておく必要があるが、医療従事者が全ての疾患について常に最新の知見を身に付けておくことは容易ではない。定期的に更新される診療ガイドラインがあれば、医療従事者間あるいは医療従事者・患者間でその内容に沿って診療方針を検討することができる。EBMが効率化できるだけでなく、同じ情報を全員がいつでも共有できるために医療の透明化も期待される。 一般には手順書として強制力を持つことは無く、患者の病状や治療環境など諸事情を総合的に検討した結果、ガイドラインの推奨を外れた診療を行うことも珍しくない。

こんな感じで使われているということであたらずとも遠からずです。

このガイドラインについての小ネタです。

 

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Nate Silver氏 (@NateSilver538)のデータジャーナリズム “fivethirtyeight” のブログエントリーに 

“Patients Can Face Grave Risks When Doctors Stick to the Rules Too Much”

と題するものを見つけました。

「医者が余りに杓子定規に”rule”に固執するといろいろと良くないことが起こるかも」ということを述べたエントリーです。

医療現場では、”Rule-based decision-making” というものが世界で流通しています。 医療関係者だけでなくおそらく患者・将来の患者さんも、このようなRule-based decision-makingをもたらすrule-type guidelinesが存在することには同意しているにしても医療現場で特にある程度の裁量がまた有益になる場合がある事にも同意してと思います。 でも、

Doctors are highly trained, and there’s good reason to think they should use some discretion when treating patients.

こんなこともあるんじゃないかと。

このエントリーで取り上げられている研究があります。

“Proportion of US Adults Potentially Affected by the 2014 Hypertension Guideline”

米国で2005年から2010年にかけて行われた対象者1万6372人の調査データに基づいて米国の高血圧治療のガイドライン(JNS8, 米国高血圧合同委員会第8次報告)が今後の米国での高血圧治療に及ぼす影響を見積もったという研究です。 治療対象者の割合は、18-59歳の男女では20.3%から19.2%へ、60歳以上では68.9%から61.2%へと変化するという結果です。

このガイドラインJNS8のキモはここで確認できます。(参照

その結果の一部、60歳以上の成人のうち新基準で降圧薬の投与を受けている人の比率が以下の図 (論文のTable1のデータを抜粋したものです)

 

Oster feature infant mortality 21

 

60歳以上の成人でJNS7においても治療対象とはなっていなかったはずの140/90 mmHg以下の人たちのうちの48.3%(JNS7ガイドラインに忠実なら0%であったはず)が降圧薬の投与を受けていました。 一方150/90 mmHg以上の人でも58.9%(JNS7ガイドラインに忠実なら100%のはず)しか投薬を受けていませんでした。 面白いのはJNS8では治療の対象とならないがJNS7では対象となるswichterの人たちの降圧薬の投与比率が一番高く62.3%であったという調査結果です。

これって何なんでしょうか?、というお話です。

そもそも高血圧症ってどんなもので何のために治療が行われていて誰がその費用を負担すべきなのかというとても基本的な問題でさえ実世間では解決ができていない、のでというか医療ではそんな問題は多いのですが、ので医者が現場で「判断」しないといけないという局面がほとんどです。

このブログエントリー

Perhaps a first step is just recognizing the problem: A temptation with sharp cutoff rules like those for hypertension and infant treatment is to start thinking that being just to one side of the cutoff versus just to the other actually matters. By recognizing that it does not, we can begin to make better choices.

と結んでいます。

小林秀雄はこんなことをかいています(様々なる意匠)。

「自分の嗜好に従って人を評するのは容易な事だ」と、人は言う。然し、尺度に従って人を評する事も等しく苦もない業である。 常に生き生きとした嗜好を有し、常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである。

結構好きなフレーズで人前で何か話すときに紹介する事もあります。

ここの「嗜好」を「裁量」と言い換えて「尺度」を「ガイドライン」と云い換えればさっきのブログエントリーの話になります。

 

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★★★

暦本式英語スピーチ練習法

というブログエントリーを読みました。

英語でプレゼンテーションするとき原稿を作る場合と作らない場合があります。5分だけなら何とかなるかもしれませんが20分とかそれ以上の場合どうしても最低限はプロットを作って場合に基づいて「原稿」を作る必要が出てきます。 原稿を作ったとしてある程度に原稿を読んでもらえるとすればそれはすごく役に立つと思うのですが廻りに気軽に頼める人がいないという状況がほとんどだと思います。

こんな時にいままで次のようなやり方を採用してきました。 つまりMacを買うと「テキストエディット」というエディターが付いてきます。このエディターが英語をしゃべります。 「編集」のメニューから「スピーチ」-「読み上げを開始」を選ぶと英文ならそれを読み上げてくれます。 Macを使っている人なら直ぐに試してみることができますが結構役に立つと思うと思います。

暦本式はこれを音声ファイルとして出力する方法です。今まで知りませんでしたけどこれはいけそうです。

例えばanesthesiologistという単語があったとしてこれをちゃんと発音するのは少なくともぼくにはすごくむずかしいでもこれをanesthetistとすると発音しやすくなるというようなことがあります。聞いたりしゃべったりするとこんなことに気付きます。Macの上でいくら立派な原稿をつくっても(つくってもらっても)も「咬んでしまう」ような単語があると失敗につながります。

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よい「査読」を行うために

On 2013/8/23 金曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

他の人がどのように論文を作成しているかには興味があります。

自分の方法論はある程度確立しているとは思っているのですがより効率的な方法があれば「まね」したいといつも思っています。 指南書は書店でも何冊も並んでいますしamazonでもすごい数見つかります。

読んでみると当たり前の事が書いてあることも多いのですがそれでも通読すればいくつか教訓的なことは学ぶことができます。

このような指南書は大きく二系統に分類できます。

一つは,科学論文とはかくあるべきでありその為に論文はこういう風に書いていくのだという事に重点をおくもの。 もう一つは、内容より技術的なことに重点を置いたものです。

前者については研究分野が異なるとほとんどまったく役に立たなくなることがあるのですが後者はどんな分野であっても他人の”hack”を見せてもらったという感じで満足できる場合が多いように思えます。

後者の代表は、梅棹 忠夫 さんの「知的生産の技術」でしょう。 1969年に出版された岩波新書の一冊ですが今日性は十分あります。「知的生産」という言葉がクールです。先日,本を整理していたら出てきたので読み返しました。

諏訪邦夫先生の「医科学者のための知的活動の技法」も後者の代表の一冊です。 いわゆる座右の書-文字通り机の上に30冊くらい積んである本と云う意味です-です。 技術論なのですが不思議と今日性を失いません。

逆にこう書く「べき」系の本は時間が経つと古くさい感じがしてきます。

先日,紀伊國屋で二冊の本を立ち読みしました。

基礎から学ぶ楽しい学会発表・論文執筆」 「査読者が教える 採用される医学論文の書き方

いくつか「論文を仕上げて投稿して」のサイクルを繰り返していけば自分の方法論は確立されていくのだと思いますが初めての人はこういった指南書にあたってだまされたつもりでやってみるのも手だと思います。 でもこういった指南書を自分一人で読んで論文の投稿をおこなわないといけないような環境にいるとすればそれは不幸なことかも知れません。

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紀伊國屋で

ビジュアル図解 科研費のしくみと獲得法がわかる: 応募の方法から、申請書の書き方・仕上げ方まで

科研費獲得の方法とコツ 改訂第3版~実例とポイントでわかる申請書の書き方と応募戦略

を見かけました。

後者はすでに改訂第3版ということで相当売れているようです。

目を通してみましたが始めて科学研究費申請をする人には大変役立つと思います。

申請書も書いて採択されるという過程を繰り返していると勘所が解ってくるという側面はありますがこういった本を参照して時々自分の方法論を批判的に振り返るのは悪い事ではありませんし無駄にはならないと思います。科研費のシステムには大きな問題があると思っていますが,現行の「ゲームのルール」には従う必要がありそのルールの理解にはこういった指南書が有用です。

 

科学研究費は研究機関に3割の間接経費が入ります。そう大きくない大学でも年間総額5億円だとすれば一億5千万円の間接経費が入ることになります。専任の職員を複数雇っても十分おつりが来ることになります。各大学でシニアな研究者が申請の全てに目を通して添削するなど行ったりしているようです。大学のサポートを受けることができやすい環境は整ってきています。

論文執筆でも科学研究費でもそれでは著者がどれくらい論文を発表しているのかとか科学研究費を獲得しているのかというのは重要な情報だと思います。いまはそれを簡単に検索できてしまいます。内容は優れていても…という指南書はいくらでもあります。今回紹介した4冊でも様々ですね。


あるtweetがきっかけで「査読のためのガイド」を読みました。

査読の仕方を学ぶ機会はそう多くありません。自分が投稿して査読者のコメントを読む。そのやりとりを通じて査読コメントの書き方などを学んでいくのだと思いますが大学院を終わって直ぐくらいであれば年間に10回もやりとりするという研究者は多くなくそれ故学ぶ機会も増えません。雑誌によっては最終的に採択された論文についてそれまでのやりとりを公開しているものがあります。参考にはなると思いますがちょっと怖いですね。

さてガイドラインです。 英国生態学会が発行するいくつかの雑誌に投稿されてた論文の査読者に向けて発行したガイドラインです。

最後の方にFAQがいくつか出ていました。

  1. How does an editor make a decision?
  2. Why has the editor disagreed with my evaluation?
  3. Is reviewing a revision different to reviewing the original submission?
  4. Do reviewers need to know whether an article will be published open access?
  5. Can I pass a review request on to one of my students?
  6. Can I review with my supervisor?
  7. Can I ask for advice on a review?
  8. What do I need to know about data archiving?
  9. Do I need to know whether data will be archived?
  10. What do I do with supporting information or supplementary files?
  11. Is reviewing for an open access journal different to reviewing for a subscription journal?
  12. Should I apply different standards when reviewing for different journals?
  13. How much time should I spend on a review?
  14. Do I need to correct the language in an article?
  15. How different should the confidential comments to the editor be from the comments that the authors will see?
  16. What should I do if I have already reviewed the same article for a different journal?

5番、12番、13番の質問に興味を引かれました。

いろんな考えがありますが自分が承けた査読は自分でやるとぼくは決めています。大学院生などに外注したりはしたことはありません。自分達の論文が院生などに査読されていたとしたらそれは悪夢だと思います。分量は多い月で4篇,少なければ1篇くらいでしょうか。今まで何とかしてきました。

雑誌にはやっぱり「格」があると思います。それを考慮せずガチのコメントを書いてみても意味は無いと思っていますが公式にはこういう査読には問題はあるのでしょうか。

査読にどれくらいの時間をかけるかというのは結構重要な問題です。そもそも一篇の論文の査読をするのに文献検索をして基本論文を読み込んで一から勉強をしないといけないとすればそれは自分がその分野の「専門家」では無いということを意味するのだと思います。査読を断った方が良いかもしれません。

赤ペンを持ってまず一回読んで問題点などを書き出して二回目を読んでコメントをまとめていくとどんなに短い論文でも-case reportなどは除く- ぼくの場合はやっぱり3時間くらい掛かってしまいます。その他に英語でコメントを書かないといけないという問題もあります。英語が余りにへたくそだと日本人が書いたコメントだと丸わかりになるのがいやで校正に結構時間を使ってしまします。 もう亡くなった師匠は査読コメントを英文校正してもらっていたそうです。


水曜日に中之島で開かれた 大阪大学社会経済研究所 第10回行動経済学研究センターシンポジウム 『医療現場と行動経済学』(参照)

小説家の久坂部 羊 さんが話しているのを直接聞くことができて満足です。

内容は,カーネマンの「ファスト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか?」をネタ本としたものでしたがそれに「おもしろく」話すという観点が加わっていたと思います。

平日の夕方にも関わらずホールは聴衆でいっぱいでした。平均年齢は高く要するに暇な人が集まっていたのだと思います。かくいうぼくも暇だったので参加できたわけです。皆さんよい聴衆で医者の集まりでは確実に滑るだろうなと云うネタにも大きな反応が何度もありました。

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Nature Medicineに

Vessel architectural imaging identifies cancer patient responders to anti-angiogenic therapy“と題する論文が出てました。

これは面白いです。

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こんなtweetがありました。(参照

他学部の博士号がどのようなものかよくわかっていないのですがtweetには一面の真理があると思います。

初期臨床研修が終わった時点で医学博士号を出したらいいのではないかと思っています。法科大学院を終えると「法務博士(専門職)」の称号を与えられるのだそうです。医学も「医療博士(専門職)」を出してこの時点でMDと名乗ってもよいし名刺には「医博」と書いてもよいようにするのです。博士号のために無理矢理大学院に入ったりする必要がなくなるし、グレイな論文博士を産み出すこともなくなります。 昔の医者は博士号を持っている人が多いと思いますが最近は持っていない人もたくさんいます。新しく医者になるひとが全員「医博」になると持っていない人が損をするような気になるかも知れませんが仕方ありません。

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