Gregg Semenza博士:ノーベル賞!!

On 2019/10/7 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

Gregg Semenza博士:ノーベル賞!!

Johns Hopkins UnivのGregg Semenza博士を含む3人の研究者に今年のノーベル生理医学賞が授与されることが決まりました。

感慨深いです。 同慶の至りです。

Kaelin氏の研究室出身者にも数多くの日本人研究者(近藤さん、Andy、英二郎)がいるのでおめでとう。

2016 Albert Lasker Basic Medical Research AwardをGregg L. Semenza博士が受賞しました」に言いたい事は書きました。

この前来日の際の記事にも「Semenza博士の講演会を関西医科大学で開催しました」も合わせて読んでください。

こんなに身近な人が、しかもぼくも関わった研究でノーベル賞に届いたという事でぼくの基礎研究者としての人生は報われた感じがあります。

ここまでで一番しんどかったのは京大での8年間でした。

不整脈は出るしホントに死ぬかと思いました。

そう考えるとSemenza氏の研究室での2年半は天国でした。16時には家に帰って土曜日・日曜日も行かなかったけどいろんな研究成果が出ました。

今回の受賞理由もほとんどがこの時期に世界中で行われていた研究結果で学問分野の黎明期にどっぷりつかることができてこれも幸せでした。 そこから20年皆さんがこの分野を盛り上げてくれました。

とにかくよかった。 何かぼくも無敵感出てきました。


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暑いです

On 2013/10/6 日曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

朝から家で某作業をしているのですが暑いです。 完全に夏の日差しで気温も30℃をあっさり越えていると思います。 ファンが廻ることがあまりなくなったmacbookもブーンと音を出しているので暑さに拍車がかかっています。 家内が外出しているので洗濯をしたのですがあっという間に乾いてしまいました。

結局大阪市では32.7℃まで気温が上昇したのだそうです。

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先日某集会で某先生にブログの更新がなく学会でも見かけなかったからどうにかなったのかと思ったと云われたのですが一応元気でやっております。

前回のエントリー出してから、日本語の総説一篇、論文のrevision二つ、英語の症例報告一つ、査読三つしました。忙しかったのです。


Cakesというネットマガジンで堀江貴文さんの ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく という連載が行われています。

11月5日(火)に発売される堀江貴文さんの書き下ろし単行本『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』の内容を、cakesでいちはやくお届けしていきます。

ということで11月には出版される彼の自伝的回想録を先行して掲載しているのです。 静謐な文体で綴られる文章がネットで評判となっています。

うちの両親は、二人とも平凡な高校を卒業した、ごくごく一般的な人たちだ。 たとえば、うちの父は「本」と名のつくものをほとんど読まない。家に書斎がないのはもちろん、まともな本棚もなければ、蔵書さえない。テレビがあれば満足、巨人が勝てば大満足、という人である。 
そんな堀江家にあってそんな堀江家にあって、唯一読みごたえのある本といえば、百科事典だった。

とのこと。そんな家庭に育った堀江少年がどういう風に育って今の堀江氏になっていったかが語られるのだと思っています。

連載の数回を読んで「自分の事が書いてある」という気持ちを抱きました。

ぼくの父母は高卒どころか中卒で家にあった本は百科事典一式どころかたったの二冊。いまでも明確に記憶しているのですがその二冊は三島由紀夫の「潮騒」と田中角栄の「日本列島改造論」でした。

ぼくは学習塾に一度も通った事はなかったし中学・高校も家から最も近い公立校-本当は二番目に近かったのですが一番近い高校は女子校だったのです-に通ったということが彼と食い違う点です。小学校と中学校の教師は機関車で一時間ほどもかかる学校への進学を勧めたという事ですがどう考えても現実的ではありませんでしたので結局最寄り校に通うことになりました。

連載が進むに従って食い違う点がどんどん出て来るのですがとにかくはじめの二回くらいまではそういう想いがありました。

すごい興味を持って連載をフォローしています。

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医療関係者がみるネットで プレゼン参考書、役に立たない」が7割強 という記事を読みました。

学会や研究会での医者のプレゼンテーションやポスター発表を聴くと改善の必要があると想われるものが7割以上はあるとおもうのですが理由がわかったような気がしました。

とにかく他人に一回は聴いてもらうとだいぶ違うと思います。

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togetterで「妊婦と研究」というまとめを読んでみました。

神戸大学の岩田教授のtweet「忙しい臨床をやりながら研究活動は大変だ。産休や育休のとき、空いた時間に研究をしたらよい、という意見がある。大賛成だ。」がきっかけになった一連のTLをまとめたものです。

読んでいてよくわからんなと思っていたのですが途中で解った事があります。 要するに岩田教授のいう「研究」とぼくが考える「研究」が違うものだということです。

産休中とか育休中にでも「研究」はできると云うことですが確かに研究を広い意味に取ればいくらでも「研究」はできます。食べていても歩いていても研究はできるしもしかしたら寝ていても「研究」はできるかも知れません。たぶんぼくは24時間「研究」しています。それでなくとも臨床家は意識しなくとも日々「研究」を行っているともいえます。今日うまくいかなかったことがあればその原因を探り翌日の臨床に役立てる行為は立派な「研究」です。その結果が学会発表とか論文とかの「形」になる場合もあるし「研究者」の頭の中にだけ留まることはあるかもしれません。

 

昨日の日本経済新聞の朝刊に東京大学の石井志保子教授の記事が掲載されていました。

烈女 「数学への情熱支えに試練を克服 石井志保子さん」です。

このような研究と岩田先生が産休・育休中にでも行えると主張する「研究」はたぶん質の異なるものです。どちらが高級で低級であるとかの関係でなく質的に異なると思います。

生物学研究に限っても授乳をしながら実験を続ける事は事実上不可能の様な気がします。ただ研究室のミーティング出るなどの「研究活動」を継続することはこれは困難かも知れませんが一応可能だと思います。

と考えて自分的には納得しました。

 

ただ産休・育休中にできるのであれば臨床をしながらでも研究をすることは可能だと思いましたし実際にぼくはそうしてきました。臨床の片手間にやっているから碌な研究ができないのだと云われるとそれはそれで「そうですか」としか言い様はありませんけど。

結局本人の問題なのだと思います。

また「出産・育児ー>研究です」と言い切るのもそれこそドグマでしょう。そもそも比較できないこと同士です。

外部資金を獲得して遂行するようなプロジェクトはこれは目に見える「成果」を要求されます。頭の中だけで「研究」しましただけでは「次」がありません。他人の論文を読んでそれにcorrespodanceを付けたりちょっとしたメタアナリシスを行うだけでは「成果」と見なされない場合が多いと思います。研究費を必要としない「研究」だけを行っているのであれば成果など端から誰にも求められませんがこれで自分は「研究」を行っているのだと思うことができればこれはある意味happyかもしれません。


國分 功一郎 さんの 「来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題」をしばらく前に読みました。

「この雑木林をつぶして道路にします。
役所で決まったことなので、
住民は黙っていてください」



役所が決めたらそれで決定。
こんな社会がなぜ「民主主義」なのか?


たった1.4キロの道路計画をめぐる住民運動に
日本中から熱い関心が集まった! 

2013年5月、東京都初の住民直接請求による住民投票が、小平市で行われた。 
結果は投票率が50%に達しなかったため不成立。 
半世紀も前に作られた道路計画を見直してほしいという住民の声が、行政に届かない。 
こんな社会がなぜ「民主主義」と呼ばれるのか? 
そこには、近代政治哲学の単純にして重大な欠陥がひそんでいた――。 
「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」と 
住民運動に飛び込んだ哲学者が、 
実践と深い思索をとおして描き出す、新しい社会の構想。 

報道でも随分と取り上げられた「小平市都道328号線」問題を一方の当事者の視点から綴ったものです。

この「来るべき民主主義」と云うタイトルの意味は第五章で明らかになります。「民主主義というこの名に値する民主主義はいまだ存在していない。民主主義が来るべきものにとどまっている」というジャック・デリダの言葉から取られているのです。

 

「小平市都道328号線」問題は小平市と東京都と住民との関係で発生した問題なのですが、臨床医にはもっと身近ないわゆる「医局」という存在があります。

例えば日本は立憲君主制とか議会制民主主義(議会民主制)とかの政体だと考えられているそうですがその意味合いでは「医局」制度は絶対君主制だという事になると思います。医局員は誰を「君主」に戴くかを決定することが原理的にできません。教授会なり理事会なりが決めた「教授」が皆を「支配」する制度となっています。成文かされた憲法もありません。もちろんその君主が名君であれば絶対君主制であっても問題は少ないかも知れないのですが君主の決定が誰に対しても100%などという事はあり得ないのでどんな名君の治世でも不都合を感じる人はいると思います。統治に失敗しても交代は通常ありません。そもそも終身制の君主は「君臨すれども統治せず」という場合が多いのですが日本の医局制度はそうではありません。

そもそも医者をするのに「医局」に属さないといけないということはないので最近ではそういう選択を行う人もいます。うまく立ち回って「医局」に属していないのに「医局制度」の有利な点だけをもっていく人もいます。とにかく昨今の医者不足で混沌とした状態となっているのです。ぼくも損得だけで考えれば相当損したと思います。大学を移れば今までの「貢献」は全てチャラで何も見返りは無かったですから。

どうあれ「医局制度」には問題が大いにあると思います。だからといって根本からこの制度を否定するという発想では現実の問題をうまく扱えないと思います。民主的な集団に少しでも医局がなれるように具体的な行動をしていかないといけないのかも知れないとは思います。絶対君主制であっても民主的な運営はできるはずです。

ということを再確認。

またこの新書を読んで「レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史」を思い出しました。小平市ってここら辺ですよね。


ノーベル賞週間がはじまります。

昨年は日曜日だったように記憶しています。

最近は医学生理学賞だけでなく化学賞も生命科学分野からでる場合がありますから予想は難しいです。

iPS細胞級の発明はなかなかありませんからさらに予想は難しいです。

ただオートファジーはないだろうととは思っていますがカドヘリンはありかも。(参照)


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医療機器メーカーのテルモ社が6月から新聞,雑誌に「医療の挑戦者たち」というシリーズ広告を掲載しています。

新聞広告としては朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、静岡新聞、山梨日日新聞の各紙に掲載されているようです。

なかな興味深い内容です。どの広告で取り上げられている内容もそれ自体ノーベル賞の対象となってもよいような業績で第4回でとりあげられたヴェルナー・フォルスマンは実際にノーベル賞を受賞しています。

フォルスマンの発明は,現在のノーベル賞の受賞対象から考えれば「こんな単純な発見で」という業績なのですが医学の発展への貢献は計り知れません。

中心静脈カテーテルを用いた栄養法も単純ですがこの技術無しには現在の先進医療は成り立たないほどの大きな技術です。

パルスオキシメーターの開発も医療に変革をもたらした発明です。

現在パルスオキシメーター無しのcritical care medicineは考えられません。手術中に使うモニターを一つしか選べないとしたら多くの麻酔科医はこのパルスオキシメーターを選ぶと思います。血圧測定より麻酔管理にとって有用な情報を提供してくれます。

パルスオキシメーターの技術は日本人が日本で発明したという事は麻酔科医にはよく知られていることですが一般的にはあまり知られていないことだと思います。

これにノーベル賞が出ても誰も異議を唱えられないと思います。助けた命の数は計算できないほど多いと思います。

肺がんの治療でも変異EGFRを標的とした治療が実用化されEML4-ALKを標的としたものも実用一歩手前です。ヘルペスウイルスを利用した脳腫瘍の治療法の開発も行われていています。後者の二つは日本人による成果です。

これらは完璧な技術ではなく欠点もあることは素人のぼくでも指摘できるのですがそれを書くことは目的ではありません。

日本発の治療法がいくつもあるということを強調したかっただけです。

iPS細胞はすばらしい発明です。今年ノーベル賞が出ても問題ないし,疾患の治療への応用が確立してから受賞してもそれはそれでどちらでもよいというような偉大な業績だと思います。

個人的には早い目にノーベル賞と文化勲章を同時に受賞,受章して騒ぎから解放された方がよいと思うので今年に,と思います。 どうなのでしょうか? あと数時間で結果は出ます。

もちろんそれ以外にも日本人がなした発見でノーベル賞に値するものはいくつもあると思います。

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最新号の医学雑誌”New England Journal of Medicine”にThe Past 200 Years in Diabetesというタイトルの総説が掲載されています。

糖尿病研究の200年を回顧したものです。その総説によれば糖尿病研究から7つのノーベル賞が出ていると言うことです。詳しく見てみると牽強付会の嫌いも無きにもあらずですが素直にそうだと言うこともできます。

原因,インシュリンの同定,その配列の決定,遺伝子の単離,組換えタンパク質を使った治療,またその後の研究はこの疾患の多くは生活習慣によるということの発見,さらに患者の疾患の自覚とそれへの教育体制の確立へと至までの過程は,現代の慢性疾患への人類の挑戦のロールモデルになっています。 200年の蓄積というか歴史の上に現在の治療が立っています。

“Standing on the shoulders of giants”という言葉がありますが全て学問はそのようになり立っているのだと思います。

ぼくは大学院に入った時にはもう亡くなった指導教授に「自分の研究が世の中の役に立つ」などと思うなと言われて研究を始めましたが最近では発見が直接臨床に還元されるというようなものも増えてきていると思います。若い先生はどんどん挑戦してください。でも一方臨床現場で患者に張り付くような臨床医としての活動も意味があることだと思います。

マスコミによれば今年はiPS細胞以外に文学賞を村上春樹氏が受賞することになっているようです。

文学体験は勝れて個人的な体験でありノーベル賞作家の小説がそれ以外の作家の小説より劣っているとか勝れているとか一般的に議論することに意味があるとは思えませんが仕方ありません。

ぼくは個人的には高校生の時代に読んだ大江健三郎氏の小説で人生が変わったと思っています。だからといって現在の彼の活動を評価しているわけではありません。村上春樹氏がノーベル賞を受賞しても小説の執筆に全力を投入してもらいたいと思います。領土問題などを彼が論じる必要など無いと思います。


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昨日家内と25年以上ぶりに山辺の道を歩きました。

桜井から入って天理までと思いましたが,崇神天皇陵を過ぎたところで横にそれて柳本でJRに乗って桜井まで戻りました。

天気がよくハイキング日和でした。大和青垣の風景は素晴らしく来年は春に訪れようと思いました。

【追記】
首尾よく今年に受賞されたようです。よかったです。近年まれに見る発明だと思います。


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