昨日と今日朝寒かったです。

六甲を含めた北摂の山々真っ白になっていました。今回の冬こんな事はなかったような気がします。春なのに。

日曜日は神戸市立森林植物園に出かけて、その後は家でゆっくりしてました。

 

コロナウイルスですが集団免疫と言っていますがこれって持続するんでしょうか? 

専門家()でないからわかりませんしそういう問題でもないかもしれませんけど風邪って何度も引きますよね。こういうのって感染症専門医の皆さんちゃんとわかって話しているのかなと思いました。少なくともこんな簡単そうなことにもぼくは明確な答えを持ってはいませんしこれを聞かされた人はどういう根拠でこれを信じるのかがぼくにはわかりません。

だそうで確かにこれは朗報ですね。

今日久々に手術室で師匠にあったのですが

などとおっしゃていました。


青春の言葉たち

前回、沢木耕太郎(以下敬称です)の「インタビュー集」を紹介しました-本人はこれはsession-talkの記録だと書いていましたけど-。

青春の言葉たち」のインタビュー対象は長谷川和彦、武田鉄矢、立松和平、吉永小百合、尾崎豊 、周防正行、先崎学、福本伸行、大沢たかお、上村良介の10人です。

尾崎豊へのインタビュー(「見えない水路」)を取り上げてみます。このインタビューは1991年の2月の「カドカワ」誌に掲載されたものの再録です。尾崎豊が亡くなる一年ほど前ですね。

涙なしには読めない濃い内容となっています。

ちょっと色々と引用するのですがこれくらいは許してくれるとは思っています。

穏やかに始まった感じのインタビュー突如

彼女(注:山崎ハコ)がラジオで話していたのを沢木が聞いた)は語ったりするのが得意じゃない人だと思うんだけど、その時、彼女がこんなことを言っていたんだよね。アルバムを出していくにしたがって次第にボルテージが下がっていくことに自分自身も気づいた気がついていて、ものすごく悩んだだって。だけど1枚目のアルバムっていうのは、自分の人生の20年分が全部詰まってたけど、2枚目は20年分をつぎ込んだ後の1年分しか注ぎ込めなかっただ。から二枚目の方がボルテージが落ちてもそれは仕方がないんじゃないかと、思うようになったって。だけど果たしてそうなんだろうか? 尾崎さんはどう思う?

でいきなり

作るのが(注:4枚目の街路樹を)厳しかったのではないかな、という気がしたんですね

といきなり発言するのです。「街路樹」はその前の一枚目と二枚目と比較して「世界がずっと狭くなって」いるというのです。

やりとりがあって、尾崎氏は結局、

ええ、あの時点でぼくは何かにつまずいているんですよ。それに気づきながら歌っていることに意味がある、と思っていて。

と言わされてしまいます。

  • 十七歳の地図
  • 回帰線
  • 壊れた扉から
  • 街路樹
  • 誕生
  • 放熱への証

尾崎氏のオリジナルアルバムはこの6枚なのですが、つまり3枚目から4枚目のあたりからはある意味の行き詰まりが自覚されていたということになります。

次は、何のために歌うのか問題です

尾崎さんの歌は「僕」がいて「君たち」や「あなたたち」がいる。でも井上さん(注:井上陽水)は「君たち」に向かっては絶対に歌ったことがない人だと思うですよ。

沢木氏はどんどん攻め込んでいって、

そうじゃなくて僕がいったのは、気持ちの根底に、すごく大袈裟にいうとき、聴き手を救済したい、という願望があるでしょ

と言い放ちそれに応えて尾崎が

うーん、救済されたい、という願望からくる逆説的な…

と返すと

それと対になっているだろうけど、どこかにその気持ちがあるよね

とたたみかけて結局

ありますねー

と言わせるのです。

尾崎氏は「君たち」つまり彼の歌を聴く人を「救済」したかったのだということ。

尾崎氏が

そうですね。これは感受性の問題かもしれないけど、人間が生きていこうとする生き様っていうのは、幸せになりたいというところに集約されていると思うんですよ。自分が満たされたい、と言う思いに。それに対して…。

というと

ちょっと待って、そういう思いに対して尾崎さんを手助けしたいわけ?

と沢木氏が介入すると

そうなんです僕が幸せになるには他人も幸せなくてはならないと言う気持ちがあるんですよ。他人が不幸だったら僕は完全な幸せを得られないやろうって他人もそう思っていればお互いに噛み合うんですよ。でも、他人を不幸にしても自分が幸せになろうって考える人間がいないとも限らないし、実際僕はそういう人間にも出会ってきたし。

と尾崎氏が話す。

尾崎豊の曲は、美しいメロディーにストレートな素直な歌詞が歌われます。しかし、このような思想に裏助けられていたとすると結構切なくなります。

医者で医者としての活動だけやっていたら苦労しないのにどうしてわざわざ基礎研究をするのかというのは自分でもいまだに解決がついていない難問なんです。と言ってもここまできて後悔ということはもうないのですけど。

医者としては誰かの命を助けるのに貢献したいという気持ちは持っていますが研究者として誰かの命を助けるのに貢献したい、誰かを幸せにしたいと思ったことはなかったと思います。だからダメなのだという言い方もできるしそれでも何とか科学の進歩に貢献はしたんだという言い方もできるようにはなったなと。

 

沢木氏、このインタビューの後尾崎氏にギターで三曲生演奏してもらったのだそうです。very special one time playですね。

しかし沢木氏は尾崎氏のコンサートには一度も参加したことがなかったのだそうで、それが沢木氏の後悔となった。

またその後悔は、彼の死後発表された写真の一枚に尾崎氏の蔵書の写真があってそこに沢木氏の本の何冊が写り込んでいたのを見たときにさらに強くなったという文章が書かれてました。

 

しかし、何で皆が沢木氏にしゃべらされるのか不思議です。

以前

「あの人にだけには理解してもらいたいとみんなが思っている」阿川さん

というエントリーを書いたことがあります。

冒頭大竹まことさんが「阿川さんにはわかってもらいたんだよ、皆。あの人にだけには理解してもらいたいとみんな思っている」と話していましたがこれそこ名人の到達点なのでしょうね。皆が沢木さんには理解してもらいたいと思っているのかもしれません。


ベルリン・フィル デジタル・コンサートホール

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、演奏をベルリン・フィル デジタル・コンサートホール – Digital Concert Hallを通じてネットで配信しています。

通常は有料ですがこのコロナ禍でコンサートが中止されている状況で来月まで1ヶ月間全アーカイブを無料で開放しています。

すばらしい演奏が満載です。

首席指揮者ペトレンコ指揮の演奏、前任のラトル指揮の演奏が動画と共に視聴できます。

クルレンツィスのヴェルディのレクイエムも聴きましたが素晴らしかったです。

インタビューも見たのですが英語が聞き取れなかったです。

 Apple TVを通せば自宅のテレビをモニターとして用いることも簡単にできました。


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