20180618の地震

On 2018/6/18 月曜日, in news, 関西医科大学, by bodyhacker

今日(2018/06/18)8時前大阪北部で結構な大きさの地震がありました。

ぼくは研究室でパソコンの前に座っていたのですが「ガツン」という衝撃を感じました。

研究室の机の上のモニターなどが揺れて「おおー」という感じになりました。

研究室の本棚なの本が20冊くらい床に落ちていましたがそれ以外は本棚も自立していました。

 

重要なMacとかは全て頑丈なテーブルの下に移動したりの作業をしました。

リュックに重要な物件を詰めて廊下に出て研究室の測定器具などを巡回してみましたが台から落下しているという物はありませんでした。

院生くん二人も駆けつけてくれてました。ぼくが本棚の下敷きになっているかもということで見に来てくれたようです。

 

 

病院に行ってみようと廊下に出てる掃除のおばちゃんがいたので情報を交換したのですがエレベータの中で地震にあったらしく相当ビビっていました。 かなりの部屋で本棚などが倒れたようでした。

病院はなんてこと無い感じでしたが断水が生じているということでした。

とりあえずは予定手術は中止となっています。

 

その後院生さんからPHSから連絡があって今やりとりしている論文の件で相談に来たりして今に至ると言う感じです。 腹が減ったのでどん兵衛食べました。

京阪は止まっているし歩いて帰るとしても高槻を通る事になるので交通機関が復旧するまで研究室に留まる事にしました。

食料も十分あるので数日泊まることもできます。

 

池田の自宅も本棚から本が飛び出たくらいで電気・水道・ガスは問題なく供給されているようです。

 

現在は本棚から距離を置いて自分の部屋にいます。


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“Embrace uncertainty”

On 2016/4/18 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

降圧作戦

数年前から健診などで血圧を測定すると収縮血圧が140mmHg台に達するようになっていたので降圧薬を服用する必要があるのではないかと思っていたのですが面倒なのでそのままで過ごしていました。

健診とは別の機会に自分で測定すると120mmHgを切る場合も多く一見の高血圧は一種の「白衣高血圧」ではないかと思っていた事も放置の理由の一つでした。

今年の冬にインフルエンザに罹ってその後どうも頭痛が取れない、血圧を測定すると150mmHgに届く時もあるということで怖くなり降圧薬の服用を決意して受診しました。父も父の兄妹もほとんどが心血管系の疾患で亡くなっているという家系です。

先生に会う前に看護師さんが血圧を測定してくれたのですが収縮期血圧は115mmHgしかありません。何度測定しても変わりません。高血圧だというぼくの主張が裏付けられないので困った事になりました。

先生に今までの事情を話すと二次性高血圧のスクリーニングと言うことで採血して検査すると言われて結構な量の血液を採取されました。 結局、先生に相談して結局アムロジピン2.5mg/dayを処方してもらいました。 ぼくの当初の目論見である、ARBとstatinを処方してもらう計画には失敗したわけです。

という訳で血圧手帳()を渡され高血圧患者()になりました。 基本は地道な毎日朝晩の血圧を測定でしょうという訳で記録をつけ始めました。

使っている血圧計は オムロンのHEM-7280Cです。

iPhoneに測定結果をbluetoothを介して送り込むことができます。そこを通じてweb上で血圧の変化をfileとして出力することもできます。

 

毎日測定していると結構いろんなことが解ります。 実は、日中は全然血圧が高くないのです。降圧薬は服用を始めて数日だしその効果ではないと思っています。 実は少し前から、ス-パーで見かけて、「カルピス酸乳/アミールS」と「からだすこやか茶W」をはじめていたのです。

おかげで()血圧が下がり、体重は明確に2kg減りました。 ぼくは自分では暗示にかかると性格ではないとおもっていたのですが…

 

蓄積したevidence()を検討すると二週間後には主治医はARBをぼくに処方するしてくれることになるのではないかなと思っています。

 

病気()になると人は内省的になります。(参照:「風邪の効用」)

という訳でこれで開業()できるのではないかというくらいには血圧管理の知識だけはつきました。

しかしなんだかんだといってもこの種の情報はネットではいいものが少ないですね。当たり障りのないものがほとんどだと思いました。

 

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地震体験からの教訓

大学の同級生の友人が今回熊本市内で被災しました。 友人から今回の出来事の教訓が送られてきたので勝手に公開します。

  1. 地震はいつ来るか本当に分からない。加えて2発目があんなのとは隙をつかれた。
  2. 玄関の下駄箱が2回とも倒れて脱出の時邪魔になった。
  3. 家具は家に作り付けで、構造材と一体化すべき。
  4. ホームエレクターシェルフの天井突っ張りは有効のよう
  5. 昔、東急ハンズで買ったスチール製の頑丈なCDラックの天井突っ張りタイプも倒れなかった。
  6. 安い食器棚の簡易式天井突っ張りはあまり効かなかった。
  7. イケヤの木製書棚は前震は持ちこたえたが、本震で倒れた。3)を強調したい
  8. 吐き出し窓のサッシが2枚とも外れて、倒れてきた。重いし危なかった。これはストッパー構造を改良出来るのではないか。
  9. 枕元に携帯(注:スマホでは無く携帯電話)を置いていたが、とっさには取れなかった。(後で取りにもどった)タブレットは大きいので持って出れた
  10. いつも持ち歩くボディバッグの中に色々いれておいたのが役立った 入れていたもの:200ルーメンの強力小型フラッシュライト(!)、自分の呑んでる薬、財布、カード類、絆創膏、除菌ウェットティッシュ、清浄綿
  11. お仕事かばんに、普段から大事なものを色々突っ込んでおくクセも役立った 入れていたもの:仕事データのバックアップ(500GB SSD)、手帳、WIMAXモバイルルータ、タブレット、ケーブル類、ノートPC
  12. 要するに、最低、ボディバッグとお仕事カバンを引っ掴むとなんとかなる。
  13. 大事な通帳と印鑑を決まったところにひとまとめにしておいたので、脱出時にCD雪崩のなかから掘り出せた。
  14. 妻が、防災用に常に水をストック(2L x 24本くらい)してたのは助かった。
  15. 妻がエマージェンシーシートを10枚ほどストックしてたのも、近所の人達に配って非常に役立った。
  16. 車は、移動用じゃなくとも、緊急宿泊用に便利。寝れるサイズの車種が良い
  17. 携帯の充電用バッテリーは常に充電しておくべき。緊急時に携帯やネットは便利だが、停電すると、動かなくなる。
  18. 枕元には必ず懐中電灯。特に停電すると自動的に点灯するタイプのを、家から出て行く経路のコンセントに差し込んでおく。
  19. 女性は携帯トイレと隠せるものが要る
  20. ブルーシートは何かと便利、常備すべし
  21. ダクトテープが欲しかった。(窓のはめ殺しガラスが外れたところに応急の防水シートを貼るのに苦労したので)
  22. 子供の工作にでもとダイソーでまとめて買ってあった5mm厚スチレンボードを地面の上にしくと、断熱&クッション&平坦化にもの凄く有効だった。
  23. キャンプ用品は全部便利。寝袋とか折りたたみ式の椅子とか。
  24. ブロック塀は高頻度で倒れた上に道を塞ぐので、フェンスや生け垣にすべき
  25. 瓦はやはり落ちまくりました。闇の中で強い余震の度にパリンパリン割れる音が響くのは恐怖感をあおる
  26. 皆アウトドア用の靴を普段履きにして下駄箱に入れてなくて玄関に置いてあったのもよかった。
  27. 自転車用ヘルメットが軽量で良い。ただし、ムレ防止のスリットがあいてる。
  28. 窓は現代ではガラスである必要はないのでは、とも思った。台風でも割れたし。
  29. 寝る時、くつ下を履いておくと良い
  30. トイレを流す用に、風呂の水を溜めておくとよいが、風呂場がかびるからどうしたものか。
  31. 断水時に、給水用のポリタンクや折りたたみ式容器があると非常に便利
  32. 寝るときも、服は即着れるところに置いておくべし。寝間着で逃げると大変
  33. 財布にはいつも小銭、千円札を含む現金を、そこそこの量入れておくべき
  34. 倒壊した家の下敷きで死ぬのは、技術的にはゼロに出来るはず
  35. もしかしたら、洗濯した物をあまりタンスにしまわず、かごの中に入れておく癖も、とっさに服を掴んで飛び出すのに役立ったかも
  36. ラジオは肝心の時、電池切れでした。
  37. 棚から物が落ちるのは、かえって棚自体が倒れるのを救ったかもと思った
  38. 重量物運搬用のキャリーがあるといいかも
  39. MTB(注:mountain bike)はちょっとした移動に便利。PARATROOPERのような折り畳めるフルスペックMTBだと、最寄りの鉄道で脱出するとき使えるはず。
  40. 余震がその震度以上に神経をすり減らす。

(注:)はぼくが書き込みました。

 

自分に引き寄せて考えれば普段から想定して実行していることもあるし知ってはいるけど全くできていないこともあります。考えた事もなかったこともあります。

我が家も家自体も震度7には耐えてくれると思っているのですが家具とくに後から増やした本棚は倒れるだろうと思っています。倒れても下敷きにはならない場所には設定しているのですが…

スマホ、携帯電話の充電バッテリーはvitalなようです。電池残量がショートした”WiMAXモバイルルータ+タブレット”でなく携帯電話のショートメイルで友人とは連絡を取り合っていました。

 

滞米中に”911″を経験しました。家族で一緒にいることの重要性を痛感しました。

 

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研究者の資質

雑誌Natureに”Scientific virtue“というタイトルのコラムがありました。

米国のNASの会員などに行ったアンケートの結果の一部の紹介記事です。

研究者として重要な”Scientific virtue”を順位順に並べると

  1. Honesty
  2. Curiosity
  3. Perseverance
  4. Objectivity
  5. Humility to evidence
  6. Attentiveness
  7. Skepticism
  8. Courage
  9. Collaborative
  10. Meticulousness

となったそうです。

HonestyとCuriosityが断然のtop 2です。

個人的には、5位のHumility to evidence って大事だと思います。

でも実際にはこのような徳を持ち合わせていない研究者は多いと思います。

 

ニコマコス倫理学」の冒頭には、

どのような技術も研究も、そして同様にしてどのような行為も選択も、なんらかの善を目指しているように思われる。それゆえ、善ははあらゆるものが目ざすものであるとする人々の主張はすぐれていたのである。

とあります。

 

Narure関連からもう一つ。

 

パーキンソン病の研究者であるDr.Liesbeth AertsからのPhD studentへのメッセージです。

  1. Cut yourself some slack

  2. Don’t apologize for your ignorance – fix it

  3. Embrace uncertainty
  4. Stop worrying

まあめげずにがんばれ!!といっているだけなのですけどね…

Embrace uncertaintyっていいアドバイスですけどこれがしんどいんですよ。


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地震

仲のよい友人一家が熊本で被災したのですがいろいろ様子を聞くと報道では解りにくい事が多々ありますね。 屋内に留まったままだと怖いので屋外の駐車場なので一晩を過ごしたと友人も書いてきていました。

友人は自動車をもっていないので移動に大きな障害があったようです。

加えてスマホ、携帯の電源問題。これは大きい。

 

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研究室のalumniの re-union

米国から2002年の2月に帰ってきて産業技術総合研究所の主任研究員にしてもらい大阪府池田市のキャンパスで研究活動をはじめました。

4月から京大の麻酔科から院生が来てくれてその後も人が増えて結局は院生5人とぼくの6人で研究単位を形成することになりました。 途中で産業技術総合研究所をぼくが辞めたので研究の場を大阪市内の北野病院に移しました。 -どう考えてもこれは病院だと思っている人がほとんどなのですがこの病院は田附興風会医学研究所 北野病院というのが正式な名前で歴とした研究機関なのです。学振の科研費も取れますし、日本育英会の奨学金の免除職としてカウントもしてくれます-

それから2005年にぼくが京大に移動するまでの3年間ぼくと一緒に研究活動を続けてくれた研究室のメンバーと土曜日にre-unionを果たしました。

椎間板ヘルニアの手術を受けたばかりのメンバーも含めて全員ーといっても6人ですけどー集合でした。

一人一人の先生方とは出会ったりしたこともあったのですが-一人の先生は今でも同僚として今日も一緒に当直していますー6人一緒でというのは初めてでした。

ぼくがすっかり忘れていたいろんなエピソードを皆がよく覚えていてぼくとしてはちょっと恥ずかしかったです。米国から帰ってきたばかりでぼくも大分気負っていたのだと思います。今から思うと結構な酷い罵倒などもしてしまったと思っていてほんと穴があったら入りたい気分です。しかし、「自尊心など捨ててしまわないといけません。そのために人間は学問をするのです」よ。

 

この三年間はぼくの研究履歴でも最高の三年間だったと思っています。

自分では重要だと思っているいくつかの発見を論文にできましたし「皆で一緒にscienceをしている」という感覚をこの時期ほど持ったことはありませんでした。

 

また北野病院という市中病院でも自分達で知恵を絞り、またサポートしてくれる体制さえあれば旧帝大系の大学病院でもなしえなかった研究が可能となるのだということを身をもって体験したことになりぼくのその後の研究室の運営の考え方を規定する重要な期間でした。ぼくは麻酔科に属するタダの医局員で基本毎日手術室にいましたが部長の足立先生のサポートで研究室の運営ができていました。

 

昨日もメンバーの一人が話していたのですが、何か高価な機械があるからこれを使おうという方向性でなく何かを証明するためにはこの細胞を用いてこのような実験を行ってこのような結果を出す必要があるという方向性で研究を進めることができた期間でもありました。

研究費の調達も含めて、研究なんてやる気と少しの知恵があればどこでもできるのです。できないのは知恵がないからなのです。

 

という訳でこのre-unionとっても愉しい5時間でした。

 

またやりましょう。

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今日は当直です。

朝から緊急手術がいままでなく朝から結構捗りました。

今週中にrevisionの作業は終えます!!【業務連絡】

 

 【追記】

と思っていたら深夜にかけてよばれました。 

またエントリーの最初のversionで年代をまるまる10年間違っていたので訂正しました 


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