激レア症例

金曜日に手術室でいままで見たことも聞いたこともないような「激レア」な現象を二つも見ました。

ここで内容を書きたいのですがいろんな差し障りもあるので控えておきます。

たぶん近いうちにどこかで報告します。

小林秀雄は「様々なる意匠」でこんな事を言っています。

中天にかかった満月は五寸に見える、理論はこの外観の虚偽を明かすが、五寸に見えるという現象自体は何らの錯誤も含んでいない。人は目覚めて夢の愚を笑う、だが、夢は夢独特の影像をもって真実だ。

 

ぼくは面白い「一例報告」の「力」を信じています。

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何事にもピンからキリがある

量子革命: アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突」を読んで急に読みたくなりある文庫本を探しはじめたのですが30分くらい探しても研究室のぼくの本棚で見つかりませんでした。

帰宅して引っ越し荷物の本が詰まっている箱を開けてまくりさらに一時間ほど格闘したのですがやはり見つかりません。

探していたのは岩波文庫版の「生命とは何か―物理的にみた生細胞」で定価は630円なのでぼくは一時間半時間を使うくらいなら帰り道の紀伊國屋で素直に買えばよかったのです。

結局大学生の時に買った岩波新書版の「生命とは何か」が見つかり内容を確認したいという所期の目的は果たせました。

本が見つからないというのは本当にストレスですね。

 

一時間半の間に,しかし,たくさんの本を発掘しました。「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で]」(参照)と雑誌「ユリイカ」の特集「特集=日本語は亡びるのか?]」もその中に含まれていて読み始めたら止まらなくなり結局あらかた再読してしまいました。

雑誌「ユリイカ」の特集の執筆者に映画評論家と呼ぶのが適切かどうかはわからないのですが東大の元学長の蓮実重彦氏がいました。

「英語」がかつてのくさび形文字やラテン語のように、「書き言葉」として人類の叡智を集積・蓄積していく「普遍語」になる時代を私たちはこれから生きるのだとの著者の思考が方向付けられるのだがそこの考察が深くなっていく際に、まったくべつの問題が浮上してくると、蓮見氏は述べています。

つまり「書くには値しない人たちがひたすら書いているとしか思えぬ日本の現状をどう見るかという問題」を水村氏は指摘しているのだ、と指摘しています。

蓮見的な視点です。

これは「競争相手は馬鹿ばかり」の世界にようこそ」とか「より頭の悪い人たちが書いているんだからあんなもん読む気がしない」と身も蓋もない言い方で表現もできると続きます。

さらに

 もろもろのオピニオン誌の凋落は、「あたしなんかより頭の悪い人たちが書いているんだから、あんなもん読む気がしない」といういささか性急ではあるがその現実性を否定しがたい社会的な力学とは無縁でない。そんな状況下で、人がなお他人のブログをあれこれ読んだりするのは、それが「あたしなんかより頭の悪い人たちが書いている」という安心感を無責任に享受しうる数少ない媒体だからからにほかならず。「羞恥心」のお馬鹿さんトリオのときなぬ隆盛とオピニオン誌の凋落はまったく矛盾しない現象なのだ。

読んでびっくり。 たぶんぼくのブログのエントリーなどもそのように「読まれて」いるのだなと。

 

これを読んで思いだしたことがあります。

小林秀雄の「 凡そものが解るという程不可思議な事実はない。解るという事には無数の階段があるのである。人生が退屈だとはボードレールもいうし、会社員も言うのである。」というフレーズです。 (測鉛II)。-ちなみに小林秀雄は確かに「階段」と書いています-

物事には無数の段階が確かにあります。

例えば、一口に「研究」といっても無数の段階があるのです。 毎日無数に発表される論文を見ていたら直ぐに解ることです。

研究者-これをどう定義するかはそう単純でありませんが少なくとも国立大学の助教は研究者でしょう-にもこれまた無数の段階があります。

どう考えても素人相手に商売をしているとしか思えないレベルの「研究者」もいるし「より頭の悪い人たち」に解ってもらう必要はないというスタンスの「研究者」もいます。 確かに、数学とか理論的な物理学や化学などのように、そもそも「頭の悪い」人には理解が不可能なレベルの研究もあるわけです。それでも素人に解ってもらおうとその方向の努力を惜しまない研究者にもいるしその方面の活動はアウトソースしている研究者もいます。

昨今の研究をめぐる報道などに接すると「書くには値しない人たちがひたすら書いているとしか思えぬ日本の現状をどう見るかという問題である。」は「研究するに値しない人たちがひたすら論文を書いているとしか思えぬ日本の現状をどう見るかという問題である。」とも言い直せます。

でも小林秀雄は「匹夫不可奪志」でこんなことも書いています。

自分は悧巧だと己惚れたり、あの男は悧巧だと感心してみたりしているが、悧巧というのは馬鹿との或る関係に過ぎず、馬鹿と比べてみなければ、悧巧にはなれない。実に詰らぬ話であるが、だんだんと自分の周囲に見付かる馬鹿の人数を増やすというやり方、実に芸のないやり方だが、ただそういうやり方一つで世人はせっせと悧巧になる

 

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ネットサーフィンしていたら“In ‘Insurrection,’ Scientists, Editors Call for Abandoning Journal Impact Factors”というブログエントリーが見つかり読みました。

150人の科学者と75のグループが共同で「Impact factorを用いて個々の科学者の業績を測る」事に反対するという声明(San Francisco DORA)を発表したという事の紹介記事です。

主張の一部は

The problem, the scientists say, is that the impact factor is flawed. For example, it doesn’t distinguish primary research from reviews; it can be skewed by a few highly cited papers; and it dissuades journals from publishing papers in fields such as ecology that are cited less often than, say, biomedical studies.

ということでこれ自体目新しいものではありません。研究領域が異なる研究者の比較というのはとても難しいと思います。同じ領域ならimpact fatorなどもある程度使えると思います。しかし、短期間の評価ではimpact factorのような指標はこれからも使われていくと思いますが中・長期的には最低でも個々の論文の被引用回数などの指標に置き換わっていくとは思います。

このエントリーの後半ではおもしろい試みが紹介されています。 米国のNCIは”s planning a pilot test that will ask researchers submitting biosketches with their grant proposals to describe their most important work instead of simply listing their key papers”だというのです。

しかし日本では実はImpact factorなどを使った評価法さえ確立いないのです。これは日本学術振興会が出す研究費とその課題と直接関連する論文がどれくらい発表されたかを調べるだけで明らかです。

例えば某臨床診療科領域では、5000万円の研究費を使って課題と直接関連する論文は3年間で三つくらいしか無く報告にはどう考えてもその課題と無関係な論文が記載されているような場合が散見されます。しかし、それでも、なぜか、例えば基盤研究Aなどの研究種目の研究費が配分され続けるのです。職位、所属研究機関で明らかにはじめから差別されていると思います。 このように日本の研究費の配分は目立たないところではかなり杜撰な審査で配分されているということが解るのです。

“to describe their most important work”といってもそれがなければどうしようもありませんよね。そもそも研究における”biosketch”を描くことができないほど何もやっていない人が大半なのです。 日本の大学病院にはたくさんの「助教」の先生方がいます。実際に研究さえ行っていない人が多数含まれています。医療職にしてしまうより教育職の方が結局給与を安く抑えることができるからかもしれませんがこんな制度も改めた方がよいと思います。

Varmus said recently that he wants researchers to stop thinking that they must publish in only “certain hyper-prestigious journals.” (In a similar move, the National Science Foundation recently changed its biosketch guidelines to emphasize “products” such as data sets, not just papers.)

という言い方は方向性として賛成です。研究本体がある程度あるとしてアウトリーチその他の活動も加味されて研究者は評価されるべきと思います。

安倍晋三が率いる日本政府は成長戦略の一環として「今後3年以内に、一部の国立大学の教員1500人程度を外国人に置き換える」という案を計画中だということです。(参照)

1500人を入れ替えるってすごい話だと思います。具体的にどのような方法を用いるのでしょうか。

でも臨床系は医師免許が必要なので安泰ですね、どんなんでも。

小林秀雄は「新興芸術派運動」でこうも書いています。

勇ましいものはいつでも滑稽だ。人間の真実な運動が勇ましかったためしはないのである。


テレビドラマ「お天気お姉さん」

テレビをみる時間はほとんどないのですがはまっているドラマ「お天気お姉さん」があります。

武井咲さん演じるニュース番組「モーニングZ」のお天気お姉さん安倍晴子が事件を解決していくという番組です。

これが面白いわけです、すごく。「ガリレオ」よりイイです、断然。

晴子が下宿しているスナック『蜜の味』のママ蜜代がなぜか壇蜜でこれがまたいい味を出しています。

でもぼくが一番好きなのはニュース番組「モーニングZ」の笛木優子さんが演じるプロデューサーの原口蘭です。

こんな上司がいて毎日呼び捨てにされながら働くのって楽しそうです。

女性上司万歳!!

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「実におもしろい」「実に興味深い」「さっぱり分からない」なども誰がしゃべるかで大違いですよね。

「やれやれ」とかも村上春樹がそう書けば何か意味深長ですがぼくがつぶやいても「何?」って感じにしか思われません。

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淀川河川敷公園

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金曜日は当直でした。

土曜日の朝起きて病院から研究室に異動するときに一回外に出たのですがあまりにもすがすがしい風が吹き抜けていたので淀川の河川敷を散歩することにしました。病院から枚方大橋の下まで散歩しました。

走っている人よりも自転車の人により多く出会いました。

病院の真裏にトイレや自販機を備えた休憩ステーションがあって多くの人が集っていました。

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5時起きで東京日帰り出張をしてきました。

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みなさんお世話になりました。明日は雪だそうですが気をつけてください。

次に東京に行くのは某学会への参加の時です。


キャパの一枚

皆さん日曜日のNHK特集観ましたか?

キャパの奴です。 うまく出来ていたと思いますが雑誌に掲載されたものはテレビに比較して精緻な検討が加えられたものなので「テレビを見て面白かった」と思った人は「本」を読んでください。

雑誌に比較して写真が鮮明になっていることが期待されますからかなり期待できると思います。

 

この番組実はぼくは録画で観ました。

この時間はNHK BSで韓国ドラマを観る時間だからです。

現在,放送中の「太陽を抱く月」快調ですね。

煙雨(ヨヌ)を演じている子役は日本では較べるべき者がいないほどうまいのではないでしょうか。これどうせ後半は,前作「王女の男」みたいなどろどろの愛憎劇となっていくのだと思うと今から楽しみです。

もう大河ドラマなんでどうでもいいとぼくは思っています。


「実験的精神」

日曜日に故あって梅田に出かけたのですが行き帰りの電車で,三木清と小林秀雄の対談「実験的精神」を読みました。今まで読み落としていた短い対談です。

例えば小林秀雄は実証精神について,「俺が現にこういう特殊な立場に立っているんだということが学問の切っ掛けにならなければいけないのじゃないか。そういう風な処が今の学者にないことが駄目なのだ」というようなことをいいます。

三木清はそれに「誰でも自分だけがぶつかっている特殊な問題がある。そういうものを究めてゆくことが学問だ。」と応えるわけです。

この対談は是非読んだらよいです。小林秀雄全作品14「無常ということ」に収録されています。amazonでは古本でも1500円しますね。

臨床医学のissueは全て特殊な問題だとぼくは思っています。


Chikirin氏のブログエントリー

Chikirin氏が

めっちゃ重要な基礎スキル その1

仕事の超重要スキル その2

というエントリーを発表しています。

 

マルチタスク当たり前です。

どんな小さな役職でも自分に任された以上はそれに付随する職務はまっとうすべきです。他の仕事があって忙しかったなどは言い訳になりません。

誰かに何かを頼まれて承けたのであればそれもまっとうすべきです。当日になって忘れていましたではあなたの人間性に関わる問題となります。

やる気がないんですという意思表示であるのならそれはそれで以後そう対応するわけですけどね。

 

また「伝える方法」として4つを紹介して解説しておられます。

1)会って直接話す

2)電話で話す

3)メールで伝える

4)FB メッセージ、twitterDM、携帯メールその他の簡易メッセージツールで伝える

この部分,熟読して実践すると仕事がとっとと片づくようになると思います。


Nature Geneticsのコメンタリー

新幹線車中で Nature Geneticsに掲載された

Nurture your scientific curiosity early in your research career

というエッセイというかコメンタリーを読みました。

カロリンスカ研究所で行われた若手研究者対象のワークショップの報告みたいなものだと思います。

  • Interactions with experienced researchers and with peers
  • Information about publishing, funding, networking and selecting a research topic

が重要な点で

  • The importance of good mentorship
  • How to develop leadership skills (motivation, budget handling and time management)

  • How to handle conflicts

  • Practical tips
  • Experience from successful junior researchers
  • Alternative careers

などがもっと掘り下げるべきポイントと言っています。

“In light of the demand to produce publications rapidly, junior researchers fear that every experiment must produce a figure for publication”

こんな現状があるともいっていて確かにこういったプレッシャーはないわけではないですね。


国際硫化水素カンファレンス 京都

3rd International Conference on H2Sが来年京都で開催されます。 会長はわれらがキム兄です。

 


マイブーム-なんてレトロな言い方ですけど-のtwitter accountがあるのですがここでは詳しく書けません。
でも誰かにしゃべりたい。今日も東京で聞いてもらいました。


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昨日の当直はなんとか乗り切りました。歳取って日が変わるまで麻酔にガッツりつきあうと確かにキツイです。

朝起きてさっそく某申請書の登録をe-Radで始めたのですが,最後の申請書のpdf fileへの変換のステップで何度やってもこけるのです。それではとあらかじめ書類をpdfに変換してそれで試してもだめ,一昨日うまくいった別の書類でもだめ。
隣で作業していたY口さんも同じ症状に見舞われているのをみてこれはシステムの問題だろうと思った頃,やはり「こけているのだよ」との情報を共同申請者にもらったところで「時計台」からの指令が届きここで作業ストップとなりました。

その後試しにもう一回やったらなんかあっさりうまくいってしまいそれによりぼくは「一抜けた」という状態となり今年もこの作業にケリがつけられました。実際には最後の「ポチ」が終わっていないので申請自体は不完全なのですがもうこれ以上やる気はありません。


ぼくは1988年に大学を卒業してそのまま麻酔科教室に入って麻酔医としての人生を始めました。初年度の大学病院で研修を経て滋賀県守山市にある滋賀県立成人病センターに就職しました。
部長が笹井三郎先生で,その他にぼくの麻酔科同期なのですがぼくより一足先に赴任した宮崎先生もいれて4人の麻酔科でした。ぼくが「ひろちゃん」で宮崎先生が「みやちゃん」なので二人あわせて「ひろのみや」で,皇太子殿下と同い年のO東先生と云う構成に加えてE堀先生がいらっしゃいました。隣の子供病院の麻酔科にT田隊員(ホントにヒマラヤ登山とかさていました)がいて週に何回かこっちにお手伝いに来てくれていました。

笹井先生の方針には絶対に従っていました。笹井先生がすごく怖い人でそれ故従っていたと云うよりそうするのがごく自然な感じでそうしていたのです。廻りを見てみると他の麻酔科の先生方もそうしているし定期的に大学からくるアルバイトの先生方がすこし違った麻酔法をしているのを見て「これじゃダメだよと」本気で思っていました。

ぼくらは明確に「笹井流」という流派というか宗派を形成していたと思います。

たぶんイエスに付き従っていた使徒より従順に笹井先生の麻酔を実践していたのではないかと思っています。使徒とは異なりぼくは笹井先生を否認したことはありませんでした。
かくしてぼくの麻酔医としての基礎ができあがりました。

今日的な観点から見ると笹井先生の方法には批判されるべき点はあったと思いますが別にそれが何だよと思っています。

笹井先生の学校を卒業して20年以上経った今でも夜中の緊急症例の麻酔を一人で担当するときはそこら辺のエビデンスなどどうでもよいのであって笹井先生の声が命じるままに麻酔をするという体験をします。ホントに「天の声」を聴くのです。

小林秀雄の「新人Xへ」に「**確かなものは覚え込んだものにはない、強いられたものにある。強いられたものが、覚えこんだ希望に君がどれ程堪えられるかを教えてくれるのだ。**」という一説があります。(「Xへの手紙・私小説論」に収録されています)

「新人Xへ」を読み返す度にこんな事を考えます。


森口尚史氏の一件についてはˇネットでfollowしているだけですが妙な方向に向かっているようです。
この人これからどうやって生きていくのでしょうか。

小林秀雄の「匹夫不可奪志」に「**自分は悧巧だと己惚れたり、あの男は悧巧だと感心してみたりしているが、悧巧というのは馬鹿との或る関係に過ぎず、馬鹿と比べてみなければ、悧巧にはなれない。実に詰らぬ話であるが、だんだんと自分の周囲に見付かる馬鹿の人数を増やすというやり方、実に芸のないやり方だが、ただそういうやり方一つで世人はせっせと悧巧になる。**」というフレーズーがあります。

自戒しないといけないと思っています。


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