第16回がんとハイポキシア研究会

第16回がんとハイポキシア研究会が昨日から幕張で開かれています。

京葉線に生まれて初めて乗ってディズニーランドを見ました。

 

今回は千葉がんセンターの竹永 啓三先生に世話人をお願いました。

先生のお考えで初日のシンポジウムはテーマ「腫瘍内で暗躍する細胞たち

CAFとTAMを中心とした講演を5題に加えてセミナーを二題の合計7題の講演が行われて活発な討論が行われました。

 

初日の参加者は100名を超えていたはずで盛会でした。

 

二日目はポスター発表が行われます。画鋲が足りなくなるなどのアクシデントに見舞われたのですがなんとか全ポスターも貼りだし完了です。

 

いつまでやっているんだという声もある中で、来年もやる事が決まりました。

第17回がんとハイポキシア研究会は大阪市立大学の冨田修平先生を世話人として大阪で開催です。

ところで昨年いわゆる赤ワイン騒動がおこったのですが昨日の二次会で下手人があがりました。


関西医科大学大学院企画セミナー

先週の水曜日(2018/10/31)東北大学の山本雅之先生を職場にお招きしてセミナーをしていただきました(参照1, 参照2

数年前に分子生物学会か生化学会かの居りポスター会場で15分ほどお話しした以来でした。

先生が機構長をされている東北メディカル・メガバンクのお話もお聞きすることもできてぼくも大満足でした。

ありがとうございました。


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昨日は当直でした。 ここ数回はすごく早く一旦終わり夕ご飯でお腹がいっぱいになってもう寝ようというか寝た後にまた出動という良くないスパイラルに落ち込んでいます。

一緒に当直をしているある専修医くんの影響ではないかと密かに考えています。


毎日新聞によると理研CDBの竹市センター長は件のNature誌の論文について「論文は取り下げざるをえない」との考えを表明したとのことです。(参照

いくらセンター長でも他人の論文について口をはさむ権利が学問の習としてあるのかどうかは解りませんがとにかく「形式的な瑕疵は結論の正当性によっても乗り越えられない」という一線は守られるのでしょうか。

 

ぼくの考えは分子生物学会の理事長の声明とほぼ内容的に一致するもので大方の科学者が考える内容とも一致していると考えています。

つまり

科学論文は実験結果に基づき、その正当性が初めて保証されます。残念なが ら、今回の論文等に関しては、データ自体に多くの瑕疵が有り、その結論が科 学的事実に基づき、十分に担保されているものとは言えません。また多くの作 為的な改変は、単純なミスである可能性を遙かに超えており、多くの科学者の 疑念を招いています。当該研究の重要性は十分に理解していますが、成果の再 現性は別問題として、これら論文に対しての適正な対応を強くお願いします。

と考える人はやはり多いと思います。

 

 

こう思っている人も多いと思います。

 

「治すすべのない病」

福岡伸一さんの著作に「世界は分けてもわからない」という新書があります。

米国で起こったある大がかりな研究上の不正が五章に渡って詳細に記述されています。

主人公はスペクター(Mark Spector)という大学院生の若者です。

うまく要約してあるブログエントリーがありました。(参照) 福岡さんはこのような状況をさして「治すすべのない病」と呼んでいます。

Science誌には二人の共著の総説が今でも閲覧可能な状態でarchiveされています。(参照)  

冒頭チェスタートンの小説の一節 ”There are no rules of architecture for a castle in the clouds” というフレーズが掲げられています。

この種の不正の説明の時によく引用される有名なフレーズです。

このエピソードはワインバーグ博士の「がん研究レース―発がんの謎を解く」でも紹介されています。米国というか世界的にもがん研究上の一大汚点として捉えられているようです。

こういったことを生命科学の特に日本における生命科学のシステム上の問題として捉えるのかごく希な特別な出来事として捉えるのかには個々人の考えがあると思います。

有名なりたいとか他人を出し抜きたいというような欲望は人間の根源的な欲望なのでそれに対する対策など存在しないと思います。 どんな対策を講じようがあらゆる抜け道が「模索」されていくでしょう。「治すすべのない病」はマジでだれでも罹患する可能性はあります。

今回のNatureの論文だって周到に用意すれば発覚することはなかったはずです。

逆にあんな杜撰なものでNatureに立ち向かったのですからよく考えればものすごい著者達だともいえます。

 

社会実験

どこかの誰かが書いていたのですが

小保方さんの社会実験はまだ終わってない

コピペで博論取れるか→クリア

コピペで理研は入れるか→クリア

コピペでユニットリーダー→クリア

コピペでnature→クリア

コピペでノーベル賞→未クリア

 

世の中なんとかなるんだ!ってちょっと違うかも知れませんけど。

 

研究の信頼性は人への信頼

ぼくは研究は「人」だと思っています。

自分にとって「あの人」がどれだけ信用できるか、それが一番の判断材料。

歎異抄には親鸞の念仏にかんする考えが述べられていて一節に

たとひ法然上人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらう

とあります。 自分の信頼だけが最終的なよりどころです。

ぼくがはじめ、STAP細胞を信じたのだって共著者に笹井・若山さんの名前があったからです。多くの科学者も同じ考えだったと思います。

人に対する信頼で論文や報告の信憑性を判断するのはこの世界では当たり前だと思うのですが 部外者には「非科学的な態度」といわれます。

でも結局人ですよ人。それ以外にどうしろというのですか。

 

それではどういう風にこの世界で生きていくのか。 クマムシ先生がいうようなことが解決法なのだと思います。

つまり「貧乏人はサイエンスをするな」。この場合の「貧乏」は単に金銭的なものだけではない意味が含まれています。

 

 

自分の研究にいくら掛かるかがほぼ算定できてそれを安定的に調達する仕組みができれば、学会活動などで無駄な時間を費やす必要もなくなり「就職とか出世とか研究費獲得のプレッシャーで論文書くために研究」する必要もなくなるのでこれはよいと思いますというか現在そのような方策を模索しています。 義理のある場合は仕方ないですがなければ学会なども参加を減らしていこうとも思っています。 また出世とかを考えていてはキリがありません。私立大学でいじめにあっているのかもしれませんけど科研費とかもどんどん使いにくくなっていますよね。そもそも学振の研究者への信頼がなくなっていっていると感じます。

その一つのステップが研究型の「一流」大学からの離職でした。(参照

 

前回

俎上にある研究論文はすでに「投了」状態だとぼくは考えています。 しかし、あれだけの研究者が共同研究者として加わっているのだから「STAP細胞は確かに作ることができるのだ」という主張についてはそれはそうなのだろうと考えています。 でも冒頭に書いたようにそれさえも「いったいSTAP細胞って何者?」と思い始めています。

と書きました。考えは今でも一緒です。

 

学位認定の多様性

学位の認定って大学、研究科ですごく違いますよね。

例えば京都大学では理学研究科と医学研究科でも大きな違いがありました。

理学研究科は査読論文の公刊を前提としてその論文の内容をさらに詳細に記述した博士論文を執筆してそれについての公聴会を経て学位が認定される仕組みだったと思います。論文をお手伝いした研究者の方に一部コピーを頂きそれが大作だったのでびっくりしました。それでも日本語で記述されていました。

一方医学研究科では査読論文の公刊を前提としてその内容をA4一枚程度に要約したものを提出するだけで公聴会を迎えてそれに合格すれば学位が認定されるしくみでした。こちらは現在も変わっていません。A4一枚程度です。これではコピペなどが問題になることはありません。

今回話題になっている「博士論文」をみてびっくりしました。あれだけの分量の英文を書くのは相当の英語力が必要で学会の抄録もまともに書けない学生にとっては天文学的に難しいのではないかと思いました。ハードルは高いですよね。日本語でもいいのでしょうか早稲田大学は。


PLOS発行雑誌は新たなデータ公開方針に従うべきという発表がありました。(参照1, 参照2, 参照3)

つまり

新方針では、著者に対して研究上の発見に関わるすべてのデータを、論文公開後すぐに、誰もが制限なく利用できるようにすることを求めています。著者は論文の冒頭に、データがどこで、どのようにして利用可能かを示した”Data Availability Statement”を書くように求められる

とのことです。目的はreproducibilityの担保のようです。

Natureでも紹介されています。(参照

こういった方向性になっていくのでしょうね、否応なく。


山本雅之先生の学士院賞

われらがマッシーこと山本雅之先生が学士院賞に決まったそうです。 おめでとうございます。 

 

 

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)


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土曜日東京で開かれた低酸素研究会のキックオフミーティングに参加してきました。

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完全に曇って富士山は見えなかったのですが神奈川県に入るととたんに夏空が広がり東京駅に到着することにはあっさり梅雨が明けていました。

会場は東京女子医大と早稲田大学の共用施設”TWIns“でした。

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生まれて初めてこのエリアに足を踏み入れたのですが東京女子医大を核とした街が形成されているのですね。

この研究会世話人は東大の南学正臣先生と早稲田大学の合田亘人先生がされています。 ポスターの演題には疾患の病態生理における低酸素・低酸素シグナルの役割に比重を置いたものが多く臨床医であるぼくには興味を引かれるものが多くこの研究会の目指す方向がよく理解できました。

 

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特別講演はこの分野の日本での大パトロンであるマッシー山本雅之先生によるerythropoietinの発現制御の最先端の紹介でした。

鈴木教郎先生のチームは異次元の段階に突入していますね。分子生物学が現在できることをEPOの発現制御にもれなく応用したすごくimpressiveな一連のお仕事の紹介でした。

山本先生のセミナーは圧倒的なデータ量なのですがそれでいてスライドが消化不良で流れていくのでないので結果として圧倒的な説得力があるのですが今回も例外に漏れない素晴らしい話でした。また講演がそれ自体で閉じるのでなくquestionが明確に示されていくという点も山本先生の講演の特徴です。また最新データの紹介がきっちり入っているという特典がいつも付いています。

指定講演の三題もキックオフミーティングにふさわしいパースペクティブのある講演でぼくは大満足でした。 若い先生方の活発な議論があったのもよかったです。

ざっと数えたのですが100名くらいの参加者がいらっしゃのではないでしょうか。

学会・研究会もこの規模で真剣討論をすると満足感が高いと思います。

第二回低酸素研究会にも演題をもって参加したいと思います。

ポスターのセッションには時間の関係で参加できませんでした。 残念でしたというか済みませんでした。


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