日当直です。

朝から待機していますがいままで出番がありません。

結構はかどり今日中にならなくてはいけないこと,やりたいと思っていた事ができました。

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学会でのプレゼンテーション

土曜日にある学会に出席しました。全国レベルの学会ではなく参加者はある学会の関西地区の人たちです。それでも5つの部屋に分かれて朝から講演,口演発表,ポスター発表などが行われる結構大きな規模の学会です。

いくつかの講演を聴いていて学会でのプレゼンテーションについて考えました。

口演発表,ポスター発表共に演者の人は5−7分のプレゼンテーションを行いその後,質疑応答を受け付ける形式でした。口演の人はPC上のプレゼンテーションソフトを使い,ポスターの人は目の前のポスターに沿った発表となります。主に若い人たちが演者で予行演習の成果もあり皆さんすくなくともプレゼンテーションの部分はすごく巧く話していたと思います。この意味では20年前のぼくらよりはるかに立派な発表者であると思います。

何人かの人の1時間程度の講演がありました。 内容は置いておくとしてプレゼンテーションの技法をもう少し意識した講演であれば内容がもっと引き立ったと感じました。

ぼくが参考にしている発表の方法についての参考書は,諏訪邦夫先生の 「発表の技法―計画の立て方からパソコン利用法まで (ブルーバックス)」です。1995年に出版されたブルーバックスですがまったく今日的です。 この本の第二章と第三章の内容を自分なりに吟味する事をお勧めします。

この本は各章のお終い部分に発表のマーフィーの法則という付録が付いています。 例えば

  • 発表を練習する余裕のなかたっとき,発表は失敗する
  • 聴衆は教育されることを嫌う
  • 他人の論文の解説は退屈である
  • 質問で立ち往生したら,発表がよかったのである
  • 美しいスライドを使えば,くだらない研究も素晴らしくなると考える人は愚かである

などなどです。

医療者のための伝わるプレゼンテーション (JJNスペシャル)」も参考になります。これはたぶん看護師さんを想定して書かれた本ですが医者が参考にしても全く問題ありません。  STEP4 Delivery いよいよ本番  の章は一読をお勧めします。   またポインタの使い方は気をつけてもらいたいと思います。 ポインタをスクリーンで意味も無く動かされると少なくともぼくはイライラしてきてそれ以上その発表を聞きたくなくなります。日本ではよほど偉い先生方もこれをされる人が多いと感じます。止めてくださいというよりポインタなど使わなくともよいようにする工夫できるはずです。

予行演習をしっかり行えば時間管理も成功するというより失敗しません。口に出して話すことにより言いにくい言葉を他の同じ意味の自分にとって言いやすい言葉に変えたりもできます。予行演習は重要です。 講演の朝蒲団の中でスライドを頭の中で繰りながら声に出して講演を空でできれば原稿も何も無しで話すことが可能です。

また1時間をいっぱいいっぱい使うのは困ります。1時間の講演なら45分で話し終わり残りの15分は質疑応答にあててください。わざわざ会場に運んでくれた聴衆でどれだけ内容が伝わったかはどれだけ質問がでるかである程度推定できます。

 

発表の技法―計画の立て方からパソコン利用法まで (ブルーバックス)

 

医療者のための伝わるプレゼンテーション (JJNスペシャル)

 

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ある医師の麻酔科学会退会

日本麻酔科学会に所属していた医師が論文発表において不正行為を行ったと麻酔科学会が認定した件については以前にも書きました。(参照)

この医師の処分について,最近日本麻酔科学会の理事会が声明を出しました。(元会員藤井善隆氏の論文捏造に関する理事会声明)

つまりその会員は学会へ退会届を出したのでそれを受理したということです。

声明の内容に少し疑問を感じました。

この結果,藤井善隆氏は退会いたしましたが,本学会としては,本邦の麻酔科医および研究者全般の信用を多大に失墜させ,国民への安全な医療提供にも多くの悪影響を与えた同氏には,医師,研究者としての資格はないと判断し,永久に本学会への再入会を認めないことと致しました。関連諸団体,施設におかれましても,このような案件を二度と繰り返さないためにも,藤井氏の今後の活動に対してはご留意をしていただくよう,これら事実を公表して,強く要請を致す次第です.

とありますが,

  • 永久に再入会を認めないことなどできるのか?
  • 藤井氏は医師としての資格がないような人なのかどうか?

この二点です。

学会の規約を読むと

会員は,理事会の審議を経て定める退会届に理由を付して提出し,任意に退会することができる

とありますのでこれに沿って出された退会届を受理したといことは解ります。退会の主導権は会員にあるのです。

一方入会は,

理事会は入会の可否を審議し,合理的 な理由のない限り入会を承認し,これをもって入会日と定め申込者に通知する. とあり理事会の承認が必要です。理事会は永久にもし入会届が出されてもこれを認めないと言っているのですがこれは可能なのでしょうか。現執行部はいつまでも麻酔科学会の運営を続けるわけではありません。少なくともこの意思表示はその当時の麻酔科学会の総意で行うべきだとぼくは思います。

また怖いのは

関連諸団体,施設におかれましても,このような案件を二度と繰り返さないためにも,藤井氏の今後の活動に対してはご留意をしていただくよう,これら事実を公表して,強く要請を致す次第です.

の部分です。「留意」ってなんでしょうか? まるで藤井氏は医者の資格がないような人物なので医師としての活動をみんなで阻止しようと呼びかけているかのようです。

また毎日新聞の見出しが「元准教授が麻酔学会退会 除名処分、不可能に」となっていました。ここは麻酔科学会退会とすべきだと抗議すべきと思います。タダでさえ自分たちは麻酔科医(anesthesiologist)であって麻酔医(anesthetist)ではないと主張したい人が集まっている学会ですから。

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日本の麻酔科医が発表した数多くの論文についてその正当性が疑問視されて当該麻酔科医が所属する日本麻酔科学会が5月に調査委員会を立ち上げて一連の問題について調査を行いその結果を先頃発表した(参照)。不正論文の「世界記録の樹立」ということで多くの一般報道もなされた。ぼくも日本の麻酔科医の一人なので自分のメモも兼ねて少し書いてみる。

報告書に依ればこの麻酔科医の発表した論文のほとんどに不正が認められたと結論している。

5月に麻酔科学会が調査委員会を立ち上げたと聞いたときまず考えた事はこの委員会の調査権限のことだった。

当該麻酔医は日本に住んでいるので学会が調査委員会を立ち上げて聞き取り調査などを行うとしてもそれは可能かもしれないが,本人が学会による調査を拒んだ場合はどうなるのだろうかとナイーブに考えてた。
結局本人と関係者の多くが麻酔科学会の調査に応じたようだ。
また本来この調査は該当麻酔科医が所属した研究機関や病院が行うものだと思った。実際4/6付けの23の雑誌の編集長による共同声明の宛先は各大学の医学部長,病院の院長,麻酔科の主任教授となっていた。学会の調査が,大学,病院から委託を受けての調査なのか公益法人たる責任上行った調査なのか不明だった。この部分についてもっと丁寧な説明をすべきだと思った。

麻酔科学会は以下の再発防止策を提案しているがこれが有効かどうかはわからない。

  • 国内外ジャーナルの査読機能を高めることに資するべく,本件の全容を日本語および英
    語で公表する.
  • 医学研究施行と報告上の倫理規定について学術集会,セミナー等を毎年開催し,周知す
    る.
  • 研究施設の責任者,筆頭著者,共著者の医学研究施行の責務について改めてガイドライ
    ン等でまとめ,周知する.
  • 疑わしい論文に関して,情報提供を受けつけ,調査する体制を学会内で作ることを検討
    する.

いろんな「研究」がある。学会などで質問しても答えをはぐらかされたりするとその研究の当否については自分で追試を行う以外判断の基準がない。しかし,自分で追試をして同じ結果が得られなくともその研究で提示された結果や結論が間違っているとは言えない。ぼくが再現できなかったというだけである。
査読でもその度にその研究者の論文を10編も20編も読み込んで査読をするわけにはいかないのだから論文の審査の段階では詳細なチェックは無理だ。
手口も,馬脚を現さないような巧妙な不正もありうる。逆に,画像を使い廻すなどの単純な場合はほんとうにタダの取り違えではないかと思うほどだ。

専ら研究者の倫理に訴える基礎研究に較べて,臨床研究には厚生労働省から研究者が遵守すべき倫理指針がある意味明確に示されている。(参照:「臨床研究に関する倫理指針」)
つまり患者さんにちゃんと説明して同意してもらう必要があるとか試料の取り扱いには気をつけてくださいという内容である。
今回の一連の論文の多くは臨床研究であったしきっかけはいくつかの論文は研究施設の倫理委員会から適切な了承を得ていなかったという点で論文が雑誌から撤回されたことであった。

一方先に報道された慶応大学の呼吸器外科での医療倫理違反行為事例(参照:本学医学部・病院で発生した医療倫理違反行為についてのお詫びならびに対応と再発防止策に関するご報告)では,患者の同意無く手術中に骨髄から髄液を採取したという事実が大学の調査によって認定されこれが倫理違反行為とされたようである。
関与した慶応大学の教員が二名おそらく引責辞任をしている-もしかしたらタダの一身上の理由の辞任かもしれませんが-。
倫理委員会の承諾を得る前に患者から試料を無断で採取すれば後に倫理委員会の承諾を後付で得ようとも「有罪」となる。明快である。

この事件は海外でも報道されている。
Report: Japanese Anesthesiologist Fabricated Data in 172 Studies“と題された文章は経緯や背景についてうまくまとまっていると思った。
しかしすごい事が書いてある。

Dr. Steen has been considering a formal study of whether anesthesiology is more vulnerable to fraudulent research, but has not yet launched such an analysis. One possibility, he said, is that anesthesiologists who conduct randomized controlled trials may have less oversight than other specialists, such as cardiologists or neurologists. If so, those who want to fabricate their results would have an easier time doing so, he said.

(太字はぼく)

New record for faking data set by Japanese researcher“においても

Assuming all of the fraudulent papers get retracted, Fujii will set a new record for the most retractions ever, more than doubling his closest competitor. At Retraction Watch, where they follow these issues closely, they’re pondering whether anesthesia itself has a problem . Of over 2,000 papers that have been retracted over the last four decades, a full 13 percent have involved anesthesiologists.

(太字はぼく)

などと言われていてまるで「麻酔科医」は「バカ」扱いであるがそう言われるとそう思えてくるから不思議だ。

麻酔科学会は今回の調査を受けて麻酔科医個人への何らかの対応を行うようである。
もっとも程度の高い処分は「除名」である。学会の認定では共著者の責任もゼロではない。これも含めてどうなるのでしょうか?

ある新聞報道には

「昇進して教授を目指していたのではないか」。29日の会見で、調査特別委員長の澄川耕二・長崎大教授は捏造の動機をこう分析した。大学に勤める医師は教育・臨床に加えて研究も重要な業務で、論文はその結晶だ。
ある麻酔科医は「教授選では多くの人が、その人物より論文が載った雑誌のインパクトファクター(IF、雑誌の影響力を示す数値)を基準にする」と語る。
IFは雑誌によって1未満~30以上とばらつきがあるが、藤井医師が論文を投稿していた専門誌のIFは5~3と「それなりに一流」(澄川教授)だった。だが200本以上の論文を量産しながら、藤井医師が教授になることはなかった。
「一流誌に載れば周囲からほめられる。(藤井医師にとって論文投稿は)麻薬のようなものだったのでは」と語る関係者もいる。

とある。

このあたりからはすごくいやらしい印象を受けた。調査には相当の労力が掛かったと思うが,このような感想みたいなものが出てくると気持ちが悪い。
日本の麻酔科の「教授」ってこんなこといえるほどエライ先生ばっかりなんでしょうか。研究を行っている人が皆「教授を目指している」って本当なの? それでは麻酔科学会は全ての大学の麻酔科関連教授の全ての研究についてその正当性と有用性の証明を当人に行わせてみたらどうだろうか?
「教授選では多くの人が、その人物より論文が載った雑誌のインパクトファクター(IF、雑誌の影響力を示す数値)を基準にする」ってウソだよね。正当性は本人してもらうとして有用性は今の時代大学で契約している値段の高いサービスを用いなくともgoogleで論文の引用回数などを調べることが簡単にできるから麻酔科学ではいかに「インパクトファクター」が反映されていないかが解るのでは。

 ,というようなことを考えてみたくなる。


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仕事の事を考えるのは止めようと思っていたのですが今日の午後になり体調が良くなってきたし某原稿へのコメントも全部集まったので原稿の書き換えをはじめてしまいました。
いろいろと言ってくれる人がいるというのは本当にありがたいことです。
知っている人の研究に対してあれこれ言うことほど決意のいることはありません。ありがとうございました。

30日の午後から 1Q84を読み始めました。

book1の扉での引用

ここは見世物の世界

何から何までつくりもの

でも私を信じてくれたなら

すべてが本物になる

の意味がよく解ったような気がしました。

四年生の時小学校の教室で見つめ合い手を握りあった数秒間の交感の意味を信じて人生を送っている二人の愛の物語であり、一回でも確かに愛されたという経験があればその後の人生をその記憶を抱いて生きていけるという物語でもあります。

論文の作業をしながら、NHKが 2004年に放送したテレビ番組BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」の再放送を見ました。

ヘンドリック・シェーンという若い科学者がnature, scienceなどを舞台に行った研究捏造の背景や顛末を当事者へのインタビューも交えて報告したものです。

番組はその後本にまとまったそうです。(論文捏造

この事件については聞いたことはありましたが他分野の出来事だったのであまり詳しく知りませんでした。番組をみてビックリしました。

そもそも誰も追試できないような研究はどこかで破綻するはずですから捏造の露見もあっけなく起こったようです。
日本でも作ってもいない knockout miceを使って論文を書いて某紙に掲載されたというスキャンダルがありましたが規模としては比較にならないくらい大きなものです。

この番組では、研究グループのリーダーも雑誌の編集部もこの問題での責任を明確に否定していました。
取材をうけた日本の研究者は研究グループのリーダーは責任をとって少なくともこの研究分野から身を引いてほしいとまで話していました。

誰も追試しないような研究、また誰にも引用されないような研究は露見しないという意味ではたちが悪いのでしょうが逆に何の影響も世の中に及ぼさないのですから問題としては小さいのでしょうか。科学者の倫理の問題としては等価なのでしょうが実際に問題になることは少ないですし問題になっても扱いは小さいしたいていはハラスメントとか学位の問題とカップルされた問題として現れます。

今日見たtweetがあります。(参照

あるブログエントリーの紹介です。
すばらしいpublication listと引用回数ですね。こういう人はどんどん出世していくのでしょうか。

しかし論文引用回数って実際にどういう風に研究者の評価につながるんでしょうか。研究費や研究ポストの配分でもこのような観点が考慮されることは実際は少ないと思います。

要するに何百回引用される論文を書いてもぼくには何にもいいことは起こらなかったのです。
ぼくは本当は掲載誌のimpact factorや論文の引用回数で科学者を評価するやりかたには反対です。また産業化への転用可能性を強調する風潮にも反対です。

夏目漱石の「三四郎」で東京に出てきた三四郎が野々宮先生を研究室に訪ねる場面があります。
青空文庫から引用してみます。

野々宮先生は三四郎に

「昼間のうちに、あんな準備をしておいて、夜になって、交通その他の活動が鈍くなるころに、この静かな暗い穴倉で、望遠鏡の中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する。今年の正月ごろからとりかかったが、装置がなかなかめんどうなのでまだ思うような結果が出てきません。夏は比較的こらえやすいが、寒夜になると、たいへんしのぎにくい。外套を着て襟巻をしても冷たくてやりきれない。……」

という説明をするのですが三四郎はいっこうに要領を得ません。結局、

丁寧に礼を述べて穴倉を上がって、人の通る所へ出て見ると世の中はまだかんかんしている。暑いけれども深い息をした。西の方へ傾いた日が斜めに広い坂を照らして、坂の上の両側にある工科の建築のガラス窓が燃えるように輝いている。空は深く澄んで、澄んだなかに、西の果から焼ける火の炎が、薄赤く吹き返してきて、三四郎の頭の上までほてっているように思われた。横に照りつける日を半分背中に受けて、三四郎は左の森の中へはいった。その森も同じ夕日を半分背中に受けている。黒ずんだ青い葉と葉のあいだは染めたように赤い。太い欅の幹で日暮らしが鳴いている。三四郎は池のそばへ来てしゃがんだ

「三四郎」は医学に入ってから読んだのですがこの場面は強烈に覚えていて良く思い出します。こういうことに関わったことのない人には研究室は一種の「穴倉」です。
手術室も一種の「穴倉」なのですがこれに関しては今日はパス。

要するに研究でも「愛」と「信じること」が重要なのだと言いたいのですがこれくらいで止めておきます。

ホント暗くなってきましたね。
朝起きて手術室で麻酔をしてその後研究室で時間を過ごす人生を、でも、もうしばらく研究続けますよ、ぼくは。

いよいよ「合唱」がはじまりました。
( #artsforall live at http://ustre.am/rBPl)


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