麻酔科医は気楽な商売か !?

On 2015/7/20 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

梅雨明け

関西も今日梅雨明けとなりました。

日差しはかなり強かったのですが朝のうちに校舎に入り冷房が効いた部屋にいたので暑さを実感することはありませんでした。

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「海の日」で休日だったので大学は閑散としていました。

研究室ではなぜか年寄り三人が実験をしているという妙な状況でした。

気分的に余裕をもって実験もできたしデスクワークもできました。

某プロジェクトもいよいよと佳境に入ってきました。あんなに単純な実験でこれほど面白い結果が得られるとは思っていませんでした。

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麻酔科医は気楽な商売か

ある病院の 麻酔科医師は病院の副院長、平成19年8月11日(当時53歳)に脳出血を発症し遷延性意識障害となり寝たきり状態が続いている。原告は、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行及び不法行為、また使用者責任に基づいて損害賠償を求めている。

当時の病院の状況、「○○市の中核的な医療施設」で「広範な地域の救急に対応している病院」、ベッド数199床、医師数78名(常勤19名、非常勤59名)、麻酔科医師体制は常勤1名(原告のみ)及び非常勤3名、手術件数115件(月平均)

と要約される訴訟が本人と妻を原告として病院法人などを被告とした訴訟があり 「麻酔科医師労災訴訟を支援する会」というものが結成され支援していたところ最近その判決があったのであるがその判決が問題をはらんでいるということで全国80大学の麻酔科に支援を要請したという話があります。

確かに職場(大学病院です)にも書類が届いていました。

 

判決の要旨はここから読めます。 「麻酔科医師労災訴訟を支援する会」による要約ですのでバイアスがあるのかもしれません。

手術件数115件(月平均)の手術件数ということで火曜日、木曜日及び金曜日の手術日とすれば一日に10件弱の手術麻酔がこの病院で行われていたことになります。非常勤医師が3名ということですがどのような勤務だったのか不明なのですが各手術日に一人として全て麻酔科医が関与する手術だったと仮定すれば麻酔科医二人でその10件弱の麻酔を担当していたことになるのでしょうか。これをもって加重な勤務といえるかどうかは手術の種類にも依るので議論の対象外としたいと思います。(一日5件を週に三日間一人で担当していたとすればどのような体制でも結構な麻酔量だとは思います)

それよりも問題だと多くの麻酔科医に思われているのは判決の理由にある「手術中も容態が安定している患者であれば、麻酔科医は椅子にすわって本を読んだり、休憩のために中座することが可能であり、また、麻酔の方法もほとんど定められた方法を実施すれば足り、手術中、高度の精神的緊張を終始強いられるわけではない。」という認定の部分だと思います。

文脈上特定の麻酔科医つまり原告についてだけでなく一般に麻酔科医の業務についてこのように認定しているのだと思われるのです。

これはひどいだろうという訳です。

 

患者の「容態が安定している」場合にはそのような事が可能であることは否定しません。また高度の精神的な緊張をどのようなものと捉えるかですが麻酔科医が常に高度の精神的な緊張を強いられているかというとそうでもない場合もあることも否定しません。しかしこの言い方はひどいとぼくも思います。

一日10時間以上手術室に滞在してみたらどれほどのストレスがかかっているか解ると思います。そもそもあんな環境に一日中とか一晩中存在するだけでぐったりしますよ。

原告は控訴するとのことです。今後どうなっていくのかには関心があります。

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本を何冊か紹介します。

Life’s Greatest Secret: The Race to Crack the Genetic Code

まだ1/3位しか進んでいません。WatsonのDouble Helixの後の時代を活写した書物です。

WatsonのDouble Helixは明らかに彼の回想ですがこっちは歴史的な裏付けがあります。これは大きな違いだと思います。

おそらく日本語訳が登場すると思います。それくらいの良書と思います(1/3しか読んでいませんけど)。

Life's Greatest Secret: The Race to Crack the Genetic Code

 

二冊目は「日本語の活かし方」

著者は横浜で国語塾を開いている方です。

日本語を使いこなす技術書です。

「書く」ための言語技術

「読む」ための言語技術

「話す・聞く」ための言語技術

の順番で17の「技術」が解説されています。 特に「話す・聞く」ための言語技術の章は目新しく実践的だと感じました。

 

一冊840円です。読んでみる価値は十分あります。

日本語の活かし方 (星海社新書)

 

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 もっと書くことがあったはずなのですが書き癖が治ってしまいこれくらいでギブアップです。

 

 


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日本語で科学をするとは

On 2015/2/16 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

日当直でした。何もありませんでした。珍しいです。

午前中にどうしてもしないといけないいくつかの事を済ませてしまっってどうしようかと思案して調べ物とか読書に時間を当てていました。


学生と実験しています

このところ学生と一緒に実験をしていますorしていました。 一回生で「研究医養成コース」と三回生で「配属実習」とのプログラムに参加している学生たちとです。

結構単純な実験系を使っての実験でそれなりの「結果」が出てきて一安心です。

 

– まず習得してもらうのはピペット、ピペットエイドの使い方です。 まずやってもらうと力が入りすぎて”おぼちゃん”みたいな不自然な持ち方になってしまうのです。何度かやってもらいここら辺が自然になってくると一応合格となります。

麻酔科研修に訪れる研修医くん・さんたちのマスク・喉頭鏡の持ち方も自然に見える人は大抵うまくできています。

 

– 次は実験の手順を頭にいれるということです。考えならが実験を進めると手順を間違ってしまうことにつながります。

 

– でも一番大切なのは一回一回の実験の目的の把握とそれに基づいた実験の遂行です。

96 wellのplateを使う実験などではいくら8連のピペットを使っていてもplateの左右・上下では処理に時間差などが生じてしまいます。

実験の目的にあわせて薬剤処理の順番などを決める必要がある場合もあります。一番大切なポイントを決めて実験ごとに微調整できるようになれば一人前ですがこれはなかなか実現は難しいです。何度かパイロット実験をしないと明らかになってこない場合もあります。

 

単純な実験でも議論しながら行うと学生の行動様式が変わってくるので面白いです。

 

この実験思いの外うまくいってちょっと実験を追加して論文にまとめたいです。


読んだ本二冊

一冊目

日本語の科学が世界を変える

世界をリードする日本の科学・技術。その卓抜した成果の背景には、「日本語による科学的思考」がある という仮説から出発した日本の科学論です。

生命科学の領域では、基礎研究でも臨床研究でも少なくとも原著論文は英語で書く場合がほとんどだと思いますが、

ここで英語を「使う」からといって「英語で科学をしている」という言い方はできないと思います。 少なくともぼくの場合、「日本語で考えて」いるしその意味では「日本語で科学をして」います。 留学していた初年度はlabで日本人はぼくだけだったので否応なく英語を使っていましたが「英語で科学をしていた」という意識はありませんでした。

医学教育に限っても日本は日本語だけで6年間の医学教育が可能となっている世界の趨勢から見れば特別な国です。 リアルタイムで外国の最新の知見を取り込むとかそのような必要に迫らなれければ英語が必須な訳ではありません。また最新の知見を臨床現場に取り入れていくことが必ずしも患者のケアの向上につながらないという場合もあります。いくつかの研究が揃ってメタアナリシスができる位に時間的な余裕があれば日本語での解説などもいくつも出てきますし日本語の医学系の雑誌もいくらでも存在して毎号結構興味をそそる特集が組まれます。 それ故独自の進化を遂げているという側面があります。

 

この「日本語の科学が世界を変える」も英語を使わずに日本語で論文をかけというような単純な議論を展開している訳ではありません。

養老孟司先生は実は英語がすごく得意なのだそうですがこんな事を言っています。

英語論文でも、英語と日本語の文化の違いからさかのぼらなくてはいけない。英語論文を書くときに、僕が二つの言語の性質の差を感じるのは、英語の文章を書くためには、日本語で記述するときとは違った部分を観察しなければいけないということ。僕が日本語の頭で観察するでしょ、観察が終わったと思って、今度は英語で書くでしょ、すると、途端にわからなくなって、現物に戻って見直すということがあるんです。なぜなら、英語の文章になるためには、ここが抜けていたら文章にならんというのがあるんですよ。主語が典型的にそう。日本語だったら、主語を省略することだってできる。でも英語では、「はて、主語は何だったっけ」と確認しなければいけない。

この議論と似通った主張も含まれていますがそうでない議論も含まれています。

日本語の科学が世界を変える」 は、一読の価値はあると思います。

 

二冊目

最相 葉月さんの「れる られる

「れる られる」とは、助動詞の「れる」と「られる」のことです。

人の一生で受動と能動の転換点または境目を「生む・生まれる」「支える・支えられる」「狂う・狂わされる」「絶つ・絶たれる」「聞く・聞かれる」「愛する・愛される」の六つの動詞をきっかけに考えた一種の随筆です。

どの章も読むと考えさせられる内容なのですが、第四章「絶つ・絶たれる」研究不正、ポスドク問題を扱っています。絶つ・絶たれるとは文字通りの人生のことです。

医学部の授業で使ったらよいと思う一冊です。

 


麻酔科学会の資料

日本麻酔科学会が後期研修医向けパンフレットを発行しました。

昨年の秋に学会を通じて学会員には配布されていたのですが最近になって学会のホームページを通じて誰でもが閲覧できる形としたのです。

このパンフレットには、「麻酔科医以外の医師は、なぜ、子供に麻酔科をすすめるのか?」というタイトルが付いています。

曰く

麻酔科医、麻酔科医以外の医師それぞれに、麻酔科医の魅力についてアンケートで尋ねたと ころ、どちらも「QOLが高い」という回答がトップでした

麻酔科医という進路選択を語るうえで「QOLの高さ」は見逃せない要素になります

麻酔科医は基本的に集中治療、ペインクリニック領域以外の、いわゆる手術室におけ る麻酔管理に関して主治医になることは、まずありません。ですから、サマリーを書くことも、 まずありません。医師の業務のなかで、詳細なサマリーをまとめる労力と時間は、たいへん大 きな負担になっています。そうした負担から解放される事は、他科の医師から見て「正直、羨ましい」と思われているところもあるようです。

ここでいうQOLとはいわゆるQOLMの事でこれが麻酔科の魅力のトップであると学会が公言するのは問題があると思います。もっと言えば恥ずかしいです。

「サマリー」を書かなくてよいことがそんなに素晴らしいことなのでしょうかそれもぼくにはよく解りません。

やっぱり何か変だぞというような議論はなかったのでしょうか。不思議です。

今日あるブログエントリーを読みました。(『社会貢献曲線』 〜社会インパクトを最大化しようと思ったときに〜)

「社会インパクト」と「スキルレベル」の関係のグラフが書かれていて曲線に「多くの社会貢献活動で必要とされる領域」と「本業の人たちの領域」という二つの領域が存在するとの議論です。

医者にもいろんなレベルがあって「多くの社会貢献活動で必要とされる領域」で働いても社会へ与えるインパクトでは低くなくある意味すごく大きいともいえるのです。しかしこの領域は条件によっては他職種たとえば看護師にとって変わられる可能性も秘めています。「医師免許」に守られているのですね。

 

 

 


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昨日の見事な夕焼けから一転深夜から雪になりました。

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Natureのサイトに

Give postdocs a career, not empty promises
というタイトルのエッセイが出ていたので読みました。
まさにおっしゃる通りです。
実は,ぼくは,ポスドクをしたことがありません。
大学院を出るとすぐに助手にしてもらい研究面では独立しました。だれにも何にも言われなかったし逆に誰かにアイデアを頼ると言うことも出来ませんでした。少額ですが研究費も取って一人でやっていました。
この時期はよい論文(引用回数100回越え)を何編か書きました。

当時の恩師に「このままではお前はダメになる」と予言されて留学しました。留学してぶらぶらしていたら日本の某研究所の主任研究員にしてもらいました。留学中は午後5時以降に研究室に残っていたことはありませんでした。FIH-1も単離していたしAdCA5も作ったしこれまた結構引用回数が多い論文がいくつかできました。研究所への就職はコネがすべてだったような気もしますが業績もあることはあったと思います。
でも訳あって,一年半で某病院に移りました。組織上研究所の附属病院で研究をすることが奨励されていたので研究も続けてここでも自分として面白い研究をまとめることができました。収入は研究所時代に比べて減って家内に罵倒されました。
でもこの時期はとても楽しかったです。

しばらくして大学に移り今に至ります。もう6年です。普通これではいけないと思うくらいの長さです。
結局自分のやりたいことを出来る範囲でしてきただけなのですが,職に困ることもなく研究費も研究の遂行には何とか間に合う程度を自分でまた時には廻りの先生に助けてもらって得ることができました。

教科書に載っている業績もいくつかあるし自分では十分満足できる研究者人生ですーでした?−。

一方巷では次の職を探すポスドクであふれているようです。

こんなエントリーがありました。(参照:ドクター・ポスドク問題その後(完):ついに自分が「当事者」になった

なんとかしてやりたい気持ちもありますがぼくではどうも出来ません。ぼくが今の職を辞めてもその分が職がない人に当たるわけでは無いわけです。

Give postdocs a career, not empty promises

です。これって確か以前に御大が唱えていた考え方と同じだと思います。何も正規職員が偉いわけではありません。何が何でも PIになる必要もありません。

なったらなったで,したくない雑用も山の様に降ってきます。

会議に出るどころか会議を主催しないといけないときもあります。粗相をしたものの代わりに謝りにも行かねばなりません。自分が儲かるわけでも何でもないのに他人の稼ぎの心配をしないといけない場合もあります。

ぼくは大学を出たといっても医学部ですので基本的には職業訓練を受けたのです。
臨床系の授業にはほとんどでませんでしたー麻酔科の授業も出席0時間でしたーが卒業できました。
国家試験は半年はなかりまじめに勉強しました。
でも出身大学を卒業したからといって金銭的に得をしたことは多分ありません。
一方研究の面ではずいぶん得をしたのかもしれません。よその大学を卒業していたら大学院の時にお世話になった先生の所にはいか無かったと思いますしその後の研究者人生はずいぶん変わったものというより無かったと思います。結局総体的には京大を出て少しは得な研究者人生だったのかもしれません。

でも,何が何でも京大に入る必要ももちろんありません,医者になるのなら。他の業界は知りません。もしかしたら卒業どころか入学するだけでとくするのかもしれません。しかし,例の事件皆がいろんなことを言いますね。よっぽど悪い体験をしたんだろうな受験で。

同じくNatureで

Epidemiology: Study of a lifetime

Nature 471, 20-24 (2011) | doi:10.1038/471020a

これはすごい。こういう研究の重要性をきちんと認めて研究者のサポートをする仕組みがあったわけですごいです。

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時計台

日本経済新聞で建築家の安藤忠雄さんの「私の履歴書」連載が1日から始まっています。

テレビでも何度も取り上げられている今や日本を代表する建築家の一人だと思います。昨年には文化勲章を授章されました。

彼のドキュメントを以前に見たことがあります。

事務所の1階の出口付近に陣取り東大や京大を出た建築家を罵倒している姿が印象的でした。安藤事務所に入ることが出来るのですから未来が嘱望されている若者だったのしょうがケチョンケチョンです。あれくらい院生を罵倒したことはありませんが研修医はあれくらい罵倒したことはあります,実は。来年度も研修医に忌み嫌われる指導医になってやろうと思っています。

さて,本当にビックリしたのは彼のハーバード大学でのセミナーの様子を見たときです。大勢の聴衆が集まっています。どんなに上手に英語を話すのかと思っていたらやおら日本語で話し始めたのです。少なくとも生命科学の世界でハーバード大学で日本語でセミナーをすることを許される人がいるとすれば今上天皇と秋篠宮殿下だけでしょう。安藤さんはそれがOK。心底感動しました。

英語がどうのこうのというのはこのレベルの人には通用しないのです。日本語で全然OK。

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某論文のrevisionは順調に進んでいるようです。派生するいろんなものが得られたよいプロジェクトだったと思います。
某臨床研究の原稿ももうすぐ finish。

最期に
CDCから
Vital Signs: Central Line–Associated Blood Stream Infections — United States, 2001, 2008, and 2009
なる報告が出ています。
ホントならすごいね。というか本当なんだろうな。

追記:読み直したらつながりがおかしいところがあったので修正しました。風邪の余波だということで。


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