朝から日当直です。

出勤して9時までに今日もっとも重要なtaskをこなせていい気分になっていたら呼ばれて午前中働きました。

午後は学部学生君の実験に付き合ったり純然たる雑用をこなしたりで過ごしていました。

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日本麻酔科学会 第63回学術集会

福岡でやっている(いた)日本麻酔科学会の年会ー第63回学術集会というらしい- に金曜日だけ参加してきました。

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午後に仕事が割り当てられていたのでそれをこなすのが主目的でした。

という訳で午前中どう行動すべきか事前に決めていませんでした。

iphoneのアプリで急遽調べて某ポスターディスカッションを聞きにいきました。

ぼくにdisられた人は落ち込まないでください。ぼくの意見があなたが書くかもしれない論文の査読者の意見ではないかもしれないし、ぼくの意見は査読者の5倍くらい厳しいです、たぶん。

 

その後またすることがなくなったので机で査読の仕事などしていたらtaroから連絡があったのでお昼にラーメン食べてその後コーヒー飲みながら13時まえまでダラダラ。

 

午後は与えられたお仕事を淡々とこなし一応今回の学会の所期の参加目的は達成です。 ここでも随分と失礼な物言いをしたのですが、アレはぼくに与えられたroleなので心配しないでください。実は一人はヒール役の審査委員が仕込んであるんです。

 「仕事」は5階の本部で完了するのですが本部を出たところの部屋で「T08:国際交流委員会シンポジウム:海外に目を向けよう②:研究留学のススメ」 というシンポジウムみたいなものをやっていたので参加しました。なんとAndyの奥さんが話していましたーといっても日本人です たぶんー。

皆さんの留学に1000万貯金して臨むという話を聞いてのけぞりました。200万もあれば十分でしょう。これについてはこれ以上は語りません。

留学については何度か書いています

終わった後Andyの奥さんに挨拶をして会場を去りました。

 

ここで帰っても良かったのですが飛行機の時間まで間がありすぎたので「【安全講習会】呼吸 招請講演:JSA気道管理ガイドラインから学ぶマスク換気と筋弛緩」を事前に受講予約していたのに気づき参加することにしました。

すごい行列だったのですが隣で一緒にまっているお兄さんに聞いたところでは10分前になったら会場を出してくれるとのこと。

実際に10分前になるとばらばら退場者がいたので便乗して退場してタクシー乗り場に移動したらここでも行列。待っている間に何人かの知り合いと話ができたのでこれは吉ということで。

 

 

福岡空港で「梅ヶ枝餅」と「久原のあごだしつゆ」を買って機上の人となりました。「梅ヶ枝餅」は空港だと数量限定で特別な保温箱に保管してある分がなくなると」売り切れ」になるようです。油断できません。

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専門医制度の改定のためにみなさん「ポイント」が必要でどこでも行列ができていました。国際会議場であってもあんな行列ができることを想定して設計されていないので混乱は起きると思います。

専門医の更新などCBTで試験一発で決めたらいいのではないかとぼくは思います。 学会の参加点など一切考慮せず試験で決める、落ちた人はさようならです。 専門医じゃなくても麻酔はできるし別に困りませんよたぶん。

ともかく学術集会というより講習会みたいな会になりましたね。

これからも専門医の資格を認定していただけるようにこの学会と関与していこうとは思っています。

 

 

 


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島岡要先生が「優雅な留学が最高の復讐である」を出版されました。

副題は「若者に留学をすすめる大人に知ってほしい大切なこと」。 タイトルからして異化効果抜群です。

「大人」向けのはずなのですがとにかく表紙を読んだら手にとって内容を確かめたいという衝動に「若者」を駆り立てます。

 

この本の「解説」は慶応大学の門川俊明先生が担当されています。 この本の誕生にぼくもたぶんすこし縁があったのだろうということで少し書いてみます。( 「解説」で紹介されている鼎談は、門川さんが医歯薬出版から出版された「研究留学術 第二版」に収録されています。 そこにある通りにぼくも研究留学経験者です。)

今から20年ほど前、大学院を終えて麻酔学講座の助手(今でいう助教)をしていた時分に恩師である教授(もう亡くなってしまいました)に「お前はこのまま日本にいるとダメになるからとっとと留学しろ」と言い渡されたのがぼくを二年半の研究留学に押し出しが直接のきっかけでした。 大学院の4年間を基礎研究室で送りやっとの事で博士号を取得して機嫌良く研究を継続していたぼくには先生の真意は全く理解できていませんでした。

まあ何か教室の都合もあるのだろうと考え、様々な活動をして米国への留学が決まりました。そう先生に報告すると「まるで遣米使だね。」とわらわれました。なるほど上手いこというなとその時は思いましたが何のために留学するのかについて明確なイメージもないままに渡米することになりました。

出発する時に先生から言われたことを今でも覚えています。「あんまり頑張りすぎないように」と「お金に困ったら卵と肉を食べろ」の二つでした。このはなむけの言葉の真意もいまだに理解できていません。

 

「留学」って「」の部分が重要なのかそれとも「」の部分が重要なのかはそう簡単に解ける問題ではないのです。

 

多和田葉子さんに「献灯使」という小説があります。なぜが鎖国をしている日本が舞台の一種の近未来ディストピア小説です。

例えば「インターネットがなくなった日を祝う『御婦裸淫の日』」(野暮を承知で解説すると「Off Lineの日」だと思います)が休日として制定されているような「未来の」日本です。そこではかつての「遣唐使」は「献灯使」として生まれ変わっているのです。

この島岡本は今時の若者にとってモダンな「遣唐使」としての留学からポストモダンな「献灯使」としての留学にシフトしているのだということを「大人」に気付かせてくれる一冊といってもいいと思います。

つまり留学にはそもそも本質などなく留学するかしないかがあるだけでそれを前提にぎりぎり「研究留学」を救い出し昨今の医療をめぐるシビアな状況にどっぷりつかっている若者に提示するという試みがこの本なのだとぼくは解釈しています。目的論とか「大人の」偏見にまみれた留学像から逃れ「若者」は自由に「世界」に旅立てば良いのです。

この本は雑誌「医学のあゆみ」で連載された島岡要さんがホスト役を務めた対談シリーズ「”教養”としての研究留学」から派生した一冊です。「教養」って別に食べて美味しくてお腹がいっぱいになるものではありません。たぶん「留学」も一緒です。美味しくもない定食を若者は食べさせられる理由はありません。

 

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冒頭紹介した鼎談が終わったあと京都市内某所で二次会を行いました。その折りになぜか大江健三郎氏の名前が出てきました。

W.H.オーデンに”Leap before you look”という詩があります。これは英語のことわざ”Look before you leap”のもじりだといわれています。この詩をもとに大江さんは「見る前に跳べ」という小説を書きました。(大江さんの初期の小説はサルトルの実存主義に影響されたものが多いとぼくは理解しています)

留学に先験的な目的などなく旅立った自分がいるだけなのです。 新医師研修制度時代の実存主義的留学論「優雅な留学が最高の復讐である」を読んで若者がどのような行動を取るのかに興味があります。

若手医師のもう一つの関心事は「大学院」でしょう。「留学」よりもっと身近で切実な問題かもしれません。今後、島岡さんには「大学院」問題に切り込んだ一冊を期待したいです。

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「留学しても英語は上手くならないよ」というのはぼくの場合は本当でした。

とにかくfast foodの店で注文するのがイヤでいつも息子に替わりに注文をしてもらっていました。唯一ぼくの面目が果たせたのはカナダ東部の田舎の「サブウェイ」で彼の英語が通じずぼくがフランス語をしゃべって何とかなったときだけです。

今でも息子にはぼくの英語をバカにされ続けています。


門川さんの「解説」は

本の紹介『優雅な留学が最高の復讐である』

からお読みいただけます。

鼎談は

特別鼎談vol.1.pdf

特別鼎談vol.2.pdf

からお読みいただけます。

このブログのエントリー

「研究留学を振り返って」鼎談

【書評】「研究者のための思考法 10のヒント」 もどうぞ。

 

優雅な留学が最高の復讐である 若者に留学を勧める大人に知ってほしい大切なこと


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今日で10年

On 2012/2/14 火曜日, in hypoxia reseacrh, Lifehacking, by bodyhacker

ぼくは1999年の夏から米国ボルチモア市のJohns Hopkins大学に留学をしていました。
二年半を過ごしてちょうど10年前の2002年の2月14日に家族4人で日本に戻ってきました。

2月の第一週で実験は切り上げ荷物は船便で日本に送ってしまいました。最終日に乗っていた自動車を売り払いBaltimoreでの生活にキリをつけました。早朝,ぼくのアパートの近くに住んでいる友人のエジプト人医師のワゴンでBWIまで運んでもらいスーツケース8個を持ってオーランドのDisney Worldへ出かけました。どんな天気だったのかは覚えていません。子供は二人とも泣いていたのだけは覚えています。
一週間ほどDisneyWorldで無為に過ごした後,Dulles AirportからANAの成田直行便で帰国しました。最終的に伊丹空港に着いたときはすでに真っ暗になっていました。家内の妹の家に向かい翌日新しい職場に出勤して日本での生活が始まりました。ぼくはその前の年の11月に一回シンポジウムの参加と就職の面接の為に一回帰国していましたが家族はカナダに旅行した以外北米大陸から出る事はなかったので二年半ぶりの日本だったのです。
一週間ほど居候をした後に池田市の体育館の近くのアパートに落ち着きました。結局その職場は一年半ほどいただけで辞めてしまいましたが以後池田市に住みつきました。

客観的には10年なのですが自分の意識の中ではアメリカにいたのは20年以上前だったのではないかという感じがあります。いくつかのシーンは超覚醒的に細部まで覚えているのですが家内が語るいろんな出来事は余りよく覚えていません。このように記憶が島状となっていること自体留学体験がぼくにとってはすでに過去の出来事になっている証拠なのかもしれません。
昨年の10月に学会の帰りに訪問したのが9年半ぶりのBaltimoreでした。そのときのエントリー(参照1, 参照2参照3)にも書きましたが大学だけは確実にきれいになっていたのですが街のたたずまいとか住んでいたアパートの界隈などはほとんど10年前のままでした。この訪問で忘れていた事を結構リアルに思い出すことができましたがたぶん記憶はぼくのあまたの中で一種捏造されて悪い思い出はどんどん無意識の領域に追いやられていったのだと思います。
家族は今年こそはBaltimoreを訪ねるのだと意気込んでいます。

EMBO reportに Ratcliffe氏のlabからの論文
The FIH hydroxylase is a cellular peroxide sensor that modulates HIF transcriptional activity
が出ています。
すごく面白い視点ですね。でもこれは実はぼくも考えていました似たようなことを。10年前にいくつかの実験もして今でもdataを持っています。でも最後までまとめきることができませんでした。
EMBOってreviewのプロセスが公表されますよね。参考になります。

大学院生がどんどんデータを出してくれているのですがぼくのところで滞っています。
サクラが咲くまでにはどんどん片づけていきたいです。


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