勤務先では研究医養成コースを開設して多くの学生が参加してくれています。

研究医養成コースは3学年から始まるのですが1学年と2学年の学生には研究マインド養成のためのカリキュラムが用意されているのですが金曜日に今年入学した学生への説明会が開かれる事になっていてぼくも少し話します。

その折に何冊かの本を紹介します。

いわゆる教科書は除きました。大学から指定があると思います。

参考になると良いと思います。


若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語

若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語

感動します。


青いバラ

青いバラ (岩波現代文庫)

もう一冊同じ著者の本を

東工大講義 生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか

東工大講義 生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか


次はちょっと古い本なのですが図書館にはあると思います。 ぼくも持っています。

ノーベル賞の決闘

ノーベル賞の決闘 (同時代ライブラリー)

研究者ってエグいんです。


遺伝子‐親密なる人類史 (上) 遺伝子‐親密なる人類史 (下)

遺伝子‐親密なる人類史‐ 上 遺伝子‐親密なる人類史‐ 下

ぼくは英語版しか読んでいないのですが訳も素晴らしいということです。

同じ著者のものをもう一冊。

不確かな医学

不確かな医学 (TEDブックス)


トクロンティヌス氏の次の二作もどうぞ。 実際は研究生活ってこんなのです。

「魔法大学院第三呪術研究室には研究費がない」

「コーヒーショップライフテクノロジーズ」


ちなみにこんな文章を以前書きました

最後にぼくの研究結果のリストです。興味があればどうぞ。


PDF

iMac問題

iMacですが修理終了で明日手元に届きます。電源系統の交換が必要だとおもっていたのですがあっさりと「修理」が終わったようです。 木曜日の朝にクロネコ便がpick upしに来てくれて金曜日には修理完了で今朝(月曜日)午前中にぼくの手元に戻って夕方にはセットアップを完了するか、な。

と思いきやtime machineで取ったbackupの復元中に電源が落ちるという現象が再現してしまいました。

Appleに連絡を取ると「問題のあるbackupから復元を試みたから問題がbackupからiMacに持ち込まれて」しまったのだということ。

ぼくがすべきだったのは、「復元」ではなく移行アシスタントを用いた「移行」だったのだそうです。

とうわけで振り出しに戻ってしまいました。

朝から快調に論文の作業を進めていたのに…

最後に追加した項目-411


研究医養成コースコンソーシアム発表会

木曜日・金曜日と二日間の日程である合宿に参加しました。

研究医コースを運営している阪神地区の5大学で構成されるコンソーシアムのリトリートです。

参加大学は、奈良県立医科大学大阪医科大学兵庫医科大学神戸大学関西医科大学です。(各大学の研究医コースの概要へは大学名からリンクしてあります)。読むと解りますが兵庫医大の制度はかなり太っ腹ですよ。

学生さんが29人、教員が20人の結構な規模の会となりました。 3大学で発足したコンソーシアムから数えて今回で4回目です。

ぼくの研究室にも学生さんを一人預かっているのですがぼく自身の参加は今回が初めてでした。

参加学生による研究・研究生活の発表をメインに参加教員による「私のこれまでの研究を振り返って」(涙無しには聞けない感じでした)などの講演に、「研究を進めていくのに必要な資質とは」をテーマとしたワークショップが加わって充実した二日間でした。

夕ご飯はBBQのはずが雷雨の予報が出て室内での食事になったのが残念でした。

ぼく部屋に参加している学生もちょっと変わっているのですがそれに輪をかけてたような学生さんも多かったような気もします。

薄汚れていない学生さんと研究について語るのは自分が自分の原点に立ち戻るきっかけを得るためにもよい機会でした。

最後に追加した項目-412


オリンピック、陸上400mリレーの銀メダル

すごいです。

ぼく的にはこのオリンピック最大の出来事だと思っています。 どこかがバトンを落としたとかの結果でなくガチで銀メダル。 よくぞあの4人を揃えたなと。

このNYTの記事では”Japan was the surprise winner of the silver medal“と書かれていました。

技術的な問題はさておきとにかく速く走らなければ無理っていう種目で最後はボルトの真横を走っていたわけで素晴らしいとしかいいようがありません。 東京オリンピックでは9秒台の選手4人揃えて頂点を狙って欲しいです。 このためなら10億円位投入してもいいのではないかと。

雑誌New Yorkerでは今回のオリンピックのいろんな出来事をネタにしたエッセーを掲載し続けています。

です。

その中から一つだけ紹介します。

THE BEAUTY OF SHAUNAE MILLER’S UGLY DIVE IN RIO

女子の400m走のゴールでSHAUNAE MILLERがゴールラインに向かってダイブして一着でゴールしてそのゴール自体はルール違反ではないのだが当然に如く様々な波紋を呼んでいる訳です。

このessayは、この行為が「美しいか」どうかという観点で考察したものです。

New York Timesでも解説されています(参照)。

村上春樹氏に「シドニー!」という本があります。

「村上春樹の極私的オリンピック、シドニーの23日間」、です。

2001年に出版されたのですがぼくはこれをニューヨークの紀伊国屋で買いました。

文春文庫では二分冊になって現在でも買って読むことができます。 「シドニー! (コアラ純情篇) 」「シドニー! (ワラビー熱血篇)

文字びっしりです。

この本、1996年7月28日 アトランタ、2000年6月18日広島ーシドニーの23日間ー 2000年10月20徳島、2000年11月5日 ニューヨーク という構成となっています。

1996年7月28日 アトランタ、2000年11月5日 ニューヨークはマラソンの有森裕子さん(シドニーオリンピックには出なかった)、2000年6月18日広島、2000年10月20徳島は同じくマラソンの犬伏孝之さん(シドニーオリンピックに出場して途中棄権した)についての文章です。 時間がなくともここだけでも読む価値があると思います。

以下は、2000年11月5日 ニューヨークの章の最後の方の文章です。

言うまでもないことだけど、この日常の中で、ぼくらは地べたにへばりついて生きていかなくてはならない。明日、明日、そしてまた明日。僕らは戦い続け、ある場合には途方に暮れる。でも一つだけ確かなことがある。もし競技者が闘争心を失ったらそれは闘うのをやめることなのだ。

そういう意味では、オリンピック・ゲームは僕らにとってのひとつの大がかりなメタファーなのだ、と言うことも可能なのかもしれない。もし僕らがこのメタファーと現実とのつながりを、世界のどこかに見つけることができるなら、言い換えればその巨大な風船を地べたにつなぎ止めることができたなら、それはおそらく価値のあることになるだろう。でももしそのメタファーが、もうひとつ別のメタファーとしか連結しれないとしたら、つまりひとつの風船が別の風船としかむすびついていないとしたら、僕らはどこにも行けない。僕らがたどり着く先は、おそらくは奇妙なかたちをしたメディアのテーマパークだ。

スポーツ選手にとってのスポーツは研究者にとっての研究と置き換えて考える事ができます。

又吉直吉の「リオデジャネイロ!」とか出たらおもしろそうです。

最後に追加した項目-356

【追記】

「シドニー!」読み切りました。

でも一つだけ認めなくてはいけないことがあります。ある種の純粋な感動は、限りのない退屈さの連続の中からこそー麻痺性の中からこそー生まれてくるのだということです。

しかしそれでもなお、僕はときどきはっと我に返って思うのです。ぼくはほんとうにこんなところでいったい何をしているのだろうか? 何をしているかって? そう、いつもの人生をおくっているだけです。僕自身の、それなりにクオリティーの高い退屈さを、そこにかさねあわせるようにして。Business as usual…..

研究が楽しいというひとの気が知れません。研究って95%は苦しさと退屈さでできていると思います。

アメリカのlabにいたときも一緒にやっていたポスドクのコナー君はプレッシャに耐えきれず登校拒否となり仕方ないのでぼくが三週間実験を全部担当しました。ほんと今回の石川佳純さんみたいな感じで…

一度に融合タンパクの為に20コンストラクトくらいのplasmidの切り貼りをして蛋白質をつくり、ラベルする。夕方オートらをはじめて朝の7時くらいにそれを開けて現像。バンドがあることを確認して一安心。GLSの出勤を待ってデーター検討(labの最重要projectになっていた)を毎日繰り返す感じ。ほとんどーしかしこれは全てではないーうまくいくのだがーデータが取れて白黒ハッキリすると言う意味ですーコケるとやり直し。これがウザい。

今回、愛ちゃんが「(再び声を詰まらせながら)とても、本当に苦しい、苦しいオリンピックでした」と話したそんな気持ちです。

三週間後コナーくんが出てきたときにはGLSさんが論文を書き上げていました。

 


症例報告

今年の3月まで一緒に麻酔をしていた西本先生の症例報告が出版されました。

Accidental administration of the remifentanil formulation Ultiva™ into the epidural space and the complete time course of its consequences: a case report

JA Clinical Reports, 2(1), 1-3

Open Accessですから誰でも全文を読むことができます。

手術室で使う麻薬(remifentanil)製剤Ultiva™を誤って静脈内でなく硬膜外腔に投与してしまったのですが、その最初から最後までをつぶさに記述した報告です。 臨床的な意義はかなり高いと思います。


Natureにある論文が出ていました。

大変興味深い報告です。この方向性で臨床で使える薬剤ができれば麻酔が確実に変わります。


PDF

土曜日の朝に家にいるなんてほんと久しぶりです。今回は明日も登院しなくてもよいのです。

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以前に職場でやっている「研究医養成コース」の話題をしました。

このコースに進むのは第三学年からで一回生・二回生の間は「研究マインド養成プログラム」でそのための準備をするのです。

今年度も22名の参加希望者がいて昨日の晩、駅前の怪しい某所で「情報交換会」がありました。 参加学生は三回生・二回生を含めて三十人以上で、教員は6名での対応でした。 ぼくも二回生を一人預かっているので参加してみました。女子学生は半分くらいの比率でした。

臨床実習で接すると学生さんとはちょっと違って新鮮な驚きがありました。 皆理想に燃えていますよね。

研究生活の初めは小規模の研究室でコツコツとはじめるのがよいと思います。

 

自分の子どもより年下くらいの学生さんたちですが教員の特権でぼくの話をとにかく聞いてもらえるので良かったです。

家ではぼくの話すことに耳を傾ける人はいませんから。

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Do no harm

「医療事故調査制度」って初め聞いたときは何かの冗談だろうと思っていたのですがどうも本当に始まっちゃうようです。

「責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています」 とことです。

この法律改正の趣旨を斟酌して検察官・弁護士は調査報告書を根拠とした訴訟提起を行わないようにまた裁判官は調査報告書を証拠として採用しないようにしてもらいたいと思います。

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今日は一冊の本を紹介します。

Do No Harm: Stories of Life, Death and Brain Surgery” 著者はHenry Marshという英国の脳外科医です。

Do No Harm: Stories of Life, Death and Brain Surgery (English Edition)

Marsh氏は覚醒下脳手術の名手として知られウクライナへの医療支援も行い彼の活動を記録したテレビ番組もあるような医者だということです。

出版は昨年です。

雑誌New Yorkerで書評を読みました。 興味を引かれたのでKindle版を購入して読んでみました。

ちょっとびっくりするくらいに面白い本で年に数回しか体験しない程の読書体験となりました。 New Yorkerの書評を読むと内容は大体理解できますがHenry Marshの医者としての体験回想録です。

特に自分の「犯した」errorに力点が置かれています。いろんな種類のerrorのオンパレードです。 New Yorkerの書評のタイトルはAnatomy of errorsですがこの本で語られるerrorsは以下の様に分類されます。

In his decades of medical practice, Marsh has been a witness or a party to almost every kind of mistake. There are errors of commission (the hubristic removal of too much tumor) and of omission (the missed diagnosis). There are errors that go unreported (after a successful surgery, Marsh might decide not to tell a patient about a close call) and errors for which Marsh is held accountable. (He writes that, after one operation, “I told them to sue me. I told them I had made a terrible mistake.”) There are errors of delegation—as when Marsh allows a resident to perform a simple spinal surgery, and the patient is left with a paralyzed foot—and historical errors: at a mental hospital, Marsh encounters victims of lobotomy.

目次を挙げてみます。

  1. Pineocytoma
  2. Aneurysm
  3. Haemangioblastoma
  4. Melodrama
  5. Tic douloureux
  6. Angor animi
  7. Meningioma
  8. Choroid plexus papilloma
  9. Leucotomy
  10. Trauma
  11. Ependymoma
  12. Glioblasatoma
  13. Infarct
  14. Neurotmesis
  15. Medulloblastoma
  16. Pituitary adenoma
  17. Empyema
  18. Carcinoma
  19. Akinetic mutism
  20. Hubris
  21. Photopsia
  22. Astrocytoma
  23. Tyrosine kinase
  24. Oligodendroglioma
  25. Anaesthesia dolora

医者なら解りますが脳外科領域の病名が並んでいます。このような章はその疾患の患者が登場してそれを切り口に彼の体験が回想されていきます。

第六章angot animiではMarsh氏がaccidentalyに医者になった過程も語られます。医学部の学生に医療者になるために学んでいる者の自覚が足りないとか学力が高いから医学部を受験することの弊害が昨今強調されますがそのような意見を述べる人はこれを読んでどう思うのでしょうか。

第20章のHubrisはNew Yorkerの書評で取り上げられたエピソードを含むこの本を象徴するような章です。 その他自分の患者体験とか自分の子どもの脳外科手術などいろんなエピソードが満載です。

医療安全管理室的()な思想によればerrorは本来起こってはいけない事なのですが不幸にも起こった場合そのerrorから学ん()で医療のさらなる発展の糧としないといけないということになります。 Marsh氏の発想はこれとは異なります。 New Yorkerの書評から引用すれば

he writes about his errors because he wants to confess them, and because he’s interested in his inner life and how it’s been changed, over time, by the making of mistakes.

 

“Do No Harm” is an act of atonement, an anatomy of error, and an attempt to answer, from the inside, a startling question: How can someone spend decades cutting into people’s brains and emerge whole?

なのです。

そもそもMarsh自身、脳外科手術は”“something I hate doing”だと言い切っています。

確かにこの本はこのような思想で貫かれています。

“Every surgeon carries within himself a small cemetery, where from time to time he goes to pray.” a place of bitterness and regret, where he must look for an explanation for his failures. Rene Leriche La philophie de la chirurgie 1951

この本の冒頭のepigraphです。

上手いこと表現するものだなと思いました。 こういう想いはどの医者も抱えています。 文字通り全ての医者は自分の医療行為とその結果についての「墓地」をもっているのです。ぼくにもあります。明示的に語る勇気がないので表にしないだけです。

安全管理室的思想は、ここに土足で入り込む一種の冒涜だとぼくは思っています。

 

Marsh氏は脳外科医が他の医者といかに異なる人種ということを結構しつこく繰り返します。ハッキリいって鼻につきます。

“Nobody, nobody other than a neurosurgeon, understands what it is like to have to drag yourself up to the ward and see, every day—sometimes for months on end—somebody one has destroyed and face the anxious and angry family at the bedside.”

脳外科医にありがちの考えだなとこれは思いました。 脳外科の医者ってこんな感じの人多いですよね。

 

ちょと調べてみるとNew York TimesにMichiko Kakutani氏とJerone Groopman氏の書評が今月出ていました。

米国では今年になってちょっと話題になっているようです。

本書は特に難しい単語がでてくるわけ出なく文章も平易です。ぼくは通勤三往復で読み切りました。 三つの書評の英文の方が難しいくらいです。

 

医者たるもの共感できるところは多いと思います。

Kindle版も出ています。 ぼくは結局紙の本も買いました。

是非とも一度読んでみてください。

医学部の授業で教材にしたらよいと思うくらいです。

 

Do No Harm: Stories of Life, Death and Brain Surgery (English Edition)


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