日曜日は日当直でした。いつもの日曜日と異なり夜まで何も無く深夜帯で出動となりました。 世の中いろんな事が起こります。

 

昨日の朝京阪電車でおじいさん二人組の近くに座ることになりました。

補聴器をつけている二人は大きな声で会話をされていたので内容が否応なく聞き取れました。

テーマは「パソコン」でした。

一人の爺さんのパソコン(VAIO)が不調となりここ一週間くらいネット環境が失われて大変不便な生活を強いられているというようなことから、日本のネット環境、メーカーのサポート体制などを二人で議論していたのです。

待ち合わせも本来ならmailで打ち合わせを行うところPCの不調でうまくいかなかったとのこと。爺さんといえども侮れません。

日本もここまできましたかという感じがしました。

考えてみれば家内の様な文盲寸前の女がiPhone, iPad, iMacなどを普通に使っているのですからね。

ちなみにおじいさん達はスマホはユーザーではないようでした。


 

医学雑誌のLancetに遷延性意識障害の患者の「意識」の有無の診断についての臨床研究が載っていました。

(Diagnostic precision of PET imaging and functional MRI in disorders of consciousness: a clinical validation study)

臨床現場ではしばしば遷延性意識障害の患者さんに遭遇します。(参照)

Wikiの記述を読んでも解るとおりに遷延性意識障害といってもさまざまな状態があります。

unresponsive wakefulness syndrome (vegetative state)”,”minimally conscious state“に加えて”Locke-in syndrome“などが鑑別を要する病態として存在します。

医者が患者を丁寧に診察したとしてもこの三つの状態を正確に鑑別することはなかなかできません。

PET、fMRIなどの画像診断を援用することになります。

今回の報告は122人の遷延性意識障害の患者さんを対象とした研究です。 18F-FDG PETがfMRIに比較してこの診断に有用である事、従来の診断基準でvegetative stateとされた患者のかなりの割合がminimally conscious stateの状態でありまたPETでの診断はvegetative stateからminimally conscious stateへの将来的な以降をかなり正確に予想するための情報を提供するという内容です。

このブログでも今まで以下のエントリーでこの問題の研究を紹介したことがあります。

「意識」があることを知ることと,「無意識」であることを知ること

minimally conscious stateの患者を覚醒させる  

 

遷延性意識障害の研究は今でも興味をもってpubmedで定点観測をしています。 (参照:pubmedの文献検索, PubMedの検索結果を定点観測する)

これには理由があります。

ぼくが医者になって一年目のことです。ある手術室からの全館コールで患者さんの心停止の現場に駆けつけました。 蘇生に一時間ほどかかりましたがとにかく心臓は動き始めました。意識は出ません。

ICUに収容されたのですがその時期ぼくはそこにローテしていて約一ヶ月ほどその患者さんと付き合うことになりました。 当時の医学の水準では遷延性意識障害を明確に鑑別することはできませんでしたしfMRIやPETなどの検査も行われませんでした。しかしその一ヶ月ほどで不思議な現象に何度も遭遇してこの領域は結構奥が深いのだという感じは持ってそれ以降この種の研究を追跡しています。25年以上経ってもその患者さんは存命で時々手術室に処置のために来ることがあったのです。

 

ちょと方向性が変わりますけどNew YorkerにMICHAEL POLLANが書いたエッセーがあり植物の知能について論じています。 おもしろいです。

THE INTELLIGENT PLANT

読んでみてください。


昨日ネットで知ってびっくりしました。

「慈恵医大内科医、他人の論文使い補助金を申請か」

 

確かにこれできますね。

業績欄に記載される論文リストが正しいかどうかなど誰もきちんと確認していないと思います。

その意味では履歴書などに記載されている業績リストだって怪しいものです。 また学会の抄録集の記載を業績として書く人もいます。

何を業績とするかに明確な基準がないので不正とは言えないと思いますがグレイだと思います。

 

研究者の名前ベースの検索では正確にその研究者個人の業績を探し当てることはできません。

これからは例えばORCID連携などを利用した管理が必要となっていくかも知れません。

ORCID IDと科学研究費の研究者番号が一意に結びついていればわざわざ本人が記載しなくとも一発でその人の業績が出てくるというようなイメージでしょうか。

 

米国の研究費申請ではBIOGRAPHICAL SKETCHというものを研究者は提出すると思います。 その研究者の研究歴のレジュメです。 (参照)

こういったものが利用可能であれば当該申請が個々の研究者の研究歴の何処に位置づけられるかがある程度推測できます。個々の研究者の実力もある程度解ります。

日本ではこういったものに相当するものはありません、とはじめ書きましたが”Rearchmap“などはちゃんと運用されれば同等の役割を果たすのでしょうか。ぼくもしっかり情報公開をしようと思います。

日本学術振興会が行う研究助成の現行では「挑戦的萌芽研究」の区分では研究者の過去の研究業績を記載する欄がありません。アイデアを重視するという趣旨故だと思いますが、だからといってその研究者の情報無しに審査されてもな、とは思います。アイデアなど実は「安い:ものでなんとでも申請書はでっち上げることができるからです。

現在ではどの研究機関でも研究費の取得という事が求められています。とにかく申請書を出さないわけにはいかないという状況がありますので申請の絶対数は増えていく一方です。

 

「研究費獲得キャンペーン」といわれても…

これ税金ですから。


実験ノートがバカ売れしているらしいです。

うちの大学でも大学院生に学校名の入ったこの実験ノートを配っているようです。

 


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インフルエンザが流行中だそうです。

ぼくもインフルエンザだったのでしょうか?そのわりには熱はそんなに出なかったのですが…

とにかく本学は臨時休校となりました。しかし、病院は通常営業で学生も臨床実習はあります。


笹井さんの記者会見がありました。テレビのニュースやビデオも見ていないのでどんなニュアンスで話していたかは解りません。 「何か」あると思っていたのですが特に何も無かったようです。 なんとなくずるい感じもしましたがああいう風に発言するしかないのでしょうね。 というわけでぼくに取ってこの一件はこれで終わりです。

早稲田大学が認定したという博士号の問題が残っているのでしょうかまあどうでもいいですがこっちの方の影響を受ける個人は多いのでは無いでしょか。 これを機会に医学研究科で取得する博士号についての議論が起こるかどうかはがやっぱり起こりませんかね。

 

科学論文のあり方についていろんな議論が(あくまで局地的に)起こりました。

ギフトオーサーシップの問題は根深いと思います。 今回の #STAPgate のようなケースはおいておくとして医学部や医科大学の臨床講座で日常に行われている「慣習」は他の分野の研究者には理解できないかもしれません。いくら解説されても想像を越えていますよ。講座の主宰者はその講座からでるほとんど全ての学会発表を含む論文の共著者になるのです。 強制もなにもそうするのがごく自然であるかのようにまた誰もこれが問題なのだと思っていないかの如くに、です。

こんな慣習も当然と思われているのでなくなる気配はまったくありません。

最初もっと生々しい実例を大量に書き込んだのですが電車に乗っている間に少しクールになってこれくらいにトーンダウンしました。この9年くらいの鬱憤をどこかに洗いざらいぶちまけたいという気持ちはあるのですけど… また機会があればどこかで書きたいと思います。

 

少なくとも日本ではこういう評価が行われるということはしばらくはないと思います。 そもそも日本学術振興会が出す科学研究費も審査はそういった観点からほど遠いものです。

 


古市憲寿さんの「だから日本はズレている」を読みました。

章立ては以下の通りです。

  • 「リーダー」なんていらない
  • 「クール・ジャパン」を誰も知らない
  • 「ポエム」じゃ国は変えられない
  • 「テクノロジー」だけで未来は来ない
  • 「ソーシャル」に期待しすぎるな
  • 「就活カースト」からは逃れられない
  • 「新社会人」の悪口を言うな
  • 「ノマド」はただの脱サラである
  • やっぱり「学歴」は大切だ
  • 「若者」に社会は変えられない
  • 闘わなくても「革命」は起こせる
  • このままでは「2040年の日本」はこうなる

夢みたいな話は無いのだから物事の道理を考えて行動しようと言うほどの意味合いだと思いますが繰り出してくる実例がリアルでついつい説得されてしまいます。 就活などしたことのない先生方にも一読をお薦めします。

「「ノマド」はただの脱サラである」で俎上にあがっている安藤さんってノマド止めて大学の専任講師になったのだそうですね。やっぱり寄らば大樹の陰ですかね。

 

だから日本はズレている


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よい「査読」を行うために

On 2013/8/23 金曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

他の人がどのように論文を作成しているかには興味があります。

自分の方法論はある程度確立しているとは思っているのですがより効率的な方法があれば「まね」したいといつも思っています。 指南書は書店でも何冊も並んでいますしamazonでもすごい数見つかります。

読んでみると当たり前の事が書いてあることも多いのですがそれでも通読すればいくつか教訓的なことは学ぶことができます。

このような指南書は大きく二系統に分類できます。

一つは,科学論文とはかくあるべきでありその為に論文はこういう風に書いていくのだという事に重点をおくもの。 もう一つは、内容より技術的なことに重点を置いたものです。

前者については研究分野が異なるとほとんどまったく役に立たなくなることがあるのですが後者はどんな分野であっても他人の”hack”を見せてもらったという感じで満足できる場合が多いように思えます。

後者の代表は、梅棹 忠夫 さんの「知的生産の技術」でしょう。 1969年に出版された岩波新書の一冊ですが今日性は十分あります。「知的生産」という言葉がクールです。先日,本を整理していたら出てきたので読み返しました。

諏訪邦夫先生の「医科学者のための知的活動の技法」も後者の代表の一冊です。 いわゆる座右の書-文字通り机の上に30冊くらい積んである本と云う意味です-です。 技術論なのですが不思議と今日性を失いません。

逆にこう書く「べき」系の本は時間が経つと古くさい感じがしてきます。

先日,紀伊國屋で二冊の本を立ち読みしました。

基礎から学ぶ楽しい学会発表・論文執筆」 「査読者が教える 採用される医学論文の書き方

いくつか「論文を仕上げて投稿して」のサイクルを繰り返していけば自分の方法論は確立されていくのだと思いますが初めての人はこういった指南書にあたってだまされたつもりでやってみるのも手だと思います。 でもこういった指南書を自分一人で読んで論文の投稿をおこなわないといけないような環境にいるとすればそれは不幸なことかも知れません。

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紀伊國屋で

ビジュアル図解 科研費のしくみと獲得法がわかる: 応募の方法から、申請書の書き方・仕上げ方まで

科研費獲得の方法とコツ 改訂第3版~実例とポイントでわかる申請書の書き方と応募戦略

を見かけました。

後者はすでに改訂第3版ということで相当売れているようです。

目を通してみましたが始めて科学研究費申請をする人には大変役立つと思います。

申請書も書いて採択されるという過程を繰り返していると勘所が解ってくるという側面はありますがこういった本を参照して時々自分の方法論を批判的に振り返るのは悪い事ではありませんし無駄にはならないと思います。科研費のシステムには大きな問題があると思っていますが,現行の「ゲームのルール」には従う必要がありそのルールの理解にはこういった指南書が有用です。

 

科学研究費は研究機関に3割の間接経費が入ります。そう大きくない大学でも年間総額5億円だとすれば一億5千万円の間接経費が入ることになります。専任の職員を複数雇っても十分おつりが来ることになります。各大学でシニアな研究者が申請の全てに目を通して添削するなど行ったりしているようです。大学のサポートを受けることができやすい環境は整ってきています。

論文執筆でも科学研究費でもそれでは著者がどれくらい論文を発表しているのかとか科学研究費を獲得しているのかというのは重要な情報だと思います。いまはそれを簡単に検索できてしまいます。内容は優れていても…という指南書はいくらでもあります。今回紹介した4冊でも様々ですね。


あるtweetがきっかけで「査読のためのガイド」を読みました。

査読の仕方を学ぶ機会はそう多くありません。自分が投稿して査読者のコメントを読む。そのやりとりを通じて査読コメントの書き方などを学んでいくのだと思いますが大学院を終わって直ぐくらいであれば年間に10回もやりとりするという研究者は多くなくそれ故学ぶ機会も増えません。雑誌によっては最終的に採択された論文についてそれまでのやりとりを公開しているものがあります。参考にはなると思いますがちょっと怖いですね。

さてガイドラインです。 英国生態学会が発行するいくつかの雑誌に投稿されてた論文の査読者に向けて発行したガイドラインです。

最後の方にFAQがいくつか出ていました。

  1. How does an editor make a decision?
  2. Why has the editor disagreed with my evaluation?
  3. Is reviewing a revision different to reviewing the original submission?
  4. Do reviewers need to know whether an article will be published open access?
  5. Can I pass a review request on to one of my students?
  6. Can I review with my supervisor?
  7. Can I ask for advice on a review?
  8. What do I need to know about data archiving?
  9. Do I need to know whether data will be archived?
  10. What do I do with supporting information or supplementary files?
  11. Is reviewing for an open access journal different to reviewing for a subscription journal?
  12. Should I apply different standards when reviewing for different journals?
  13. How much time should I spend on a review?
  14. Do I need to correct the language in an article?
  15. How different should the confidential comments to the editor be from the comments that the authors will see?
  16. What should I do if I have already reviewed the same article for a different journal?

5番、12番、13番の質問に興味を引かれました。

いろんな考えがありますが自分が承けた査読は自分でやるとぼくは決めています。大学院生などに外注したりはしたことはありません。自分達の論文が院生などに査読されていたとしたらそれは悪夢だと思います。分量は多い月で4篇,少なければ1篇くらいでしょうか。今まで何とかしてきました。

雑誌にはやっぱり「格」があると思います。それを考慮せずガチのコメントを書いてみても意味は無いと思っていますが公式にはこういう査読には問題はあるのでしょうか。

査読にどれくらいの時間をかけるかというのは結構重要な問題です。そもそも一篇の論文の査読をするのに文献検索をして基本論文を読み込んで一から勉強をしないといけないとすればそれは自分がその分野の「専門家」では無いということを意味するのだと思います。査読を断った方が良いかもしれません。

赤ペンを持ってまず一回読んで問題点などを書き出して二回目を読んでコメントをまとめていくとどんなに短い論文でも-case reportなどは除く- ぼくの場合はやっぱり3時間くらい掛かってしまいます。その他に英語でコメントを書かないといけないという問題もあります。英語が余りにへたくそだと日本人が書いたコメントだと丸わかりになるのがいやで校正に結構時間を使ってしまします。 もう亡くなった師匠は査読コメントを英文校正してもらっていたそうです。


水曜日に中之島で開かれた 大阪大学社会経済研究所 第10回行動経済学研究センターシンポジウム 『医療現場と行動経済学』(参照)

小説家の久坂部 羊 さんが話しているのを直接聞くことができて満足です。

内容は,カーネマンの「ファスト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか?」をネタ本としたものでしたがそれに「おもしろく」話すという観点が加わっていたと思います。

平日の夕方にも関わらずホールは聴衆でいっぱいでした。平均年齢は高く要するに暇な人が集まっていたのだと思います。かくいうぼくも暇だったので参加できたわけです。皆さんよい聴衆で医者の集まりでは確実に滑るだろうなと云うネタにも大きな反応が何度もありました。

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Nature Medicineに

Vessel architectural imaging identifies cancer patient responders to anti-angiogenic therapy“と題する論文が出てました。

これは面白いです。

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こんなtweetがありました。(参照

他学部の博士号がどのようなものかよくわかっていないのですがtweetには一面の真理があると思います。

初期臨床研修が終わった時点で医学博士号を出したらいいのではないかと思っています。法科大学院を終えると「法務博士(専門職)」の称号を与えられるのだそうです。医学も「医療博士(専門職)」を出してこの時点でMDと名乗ってもよいし名刺には「医博」と書いてもよいようにするのです。博士号のために無理矢理大学院に入ったりする必要がなくなるし、グレイな論文博士を産み出すこともなくなります。 昔の医者は博士号を持っている人が多いと思いますが最近は持っていない人もたくさんいます。新しく医者になるひとが全員「医博」になると持っていない人が損をするような気になるかも知れませんが仕方ありません。

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