2018年のベスト本 フィクション

On 2018/12/27 木曜日, in book, books, Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

2018年のベスト本 フィクション篇

ちょっと時間があったので[去年に続いて](https://blog.hypoxia.jp/book/18410.html)2018年のベスト本をやってみたいと思います。
今日は**フィクション**篇です。

文庫本化された小説は読むとして新刊の小説を買うということが多くないのですが今年のぼくのNO.1は「**[雪の階](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120050467/reshypoxia-22/ref=nosim)**」でした。

二・二六事件の時代を背景にした歴史小説というかミステリーというか恋愛小説というかそういう小説です。

出版社の紹介は

> 昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――

という訳でこの小説を読んでしまった故に
「[貴族の階段](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01D2E6FN6/reshypoxia-22/)」「[神々の乱心](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B079C1P2CT/reshypoxia-22/)」「[昭和史発掘](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416710699X/reshypoxia-22/r)」を読むはめになりました。

non-fictionを読むときはデルマトグラフで線を引きながら読むことが多いです。一度目は「赤」二度目は「青」三度目は「黒」とか。
「雪の階」はフィクションですが二度読み返しました。なので本には付箋とかデルマトグラフの「赤」が入っています。

> もし雪が球体ならばもっと規則正しく運動するだろう。だが雪の結晶は複数が絡まり合い、不揃いな鳥の形をなすがゆえに風を孕んで滑走するのだ

とかかっこいいですよね。「雪の運動」というのも伏線の一つなのです。

小林秀雄は「蘇我馬子の墓」(文庫本では「モオツァルト・無常という事」に収録されています)で

> 歴史は元来、告白を欠いている。歴史のこの性質を極端に誇張してみたところに唯物史観という考えが現れた。奇妙な事だが、どんな史観も歴史を覆うことはできないもので歴史から告白を悉く抹殺したいという考えが通用する為には、一方、告白なら何でも引受けた文学が発達していなければならない。歴史はいつもそんな風に動く。
>

と書いています。こういう見方をしてもおもしろいと思いました。

視点が自在に変化していくような文体で書かれていますが意外と映画にはあっていると思います。

「惟佐子」はあの女優と思っている人がいるのですが秘密です。
「[貴族の階段](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01D2E6FN6/reshypoxia-22/)」は1991年にTVドラマ化されてヒロインは当時25歳くらいだった斉藤由貴さんが演じました。

惟佐子さんはこんな人です。

> それにしても、今日の惟佐子の、薄藍の色留袖に鉄黒の袋帯を締めた姿は、思わず見とれてしまうほどに艶やかで美しかった。細身の絵姿が近代的な印象を与えるのに対して、玉結び風の黒髪の下に、低い頬骨の上の瞼が厚く目の細い古風な美人顔が置かれているのが、不思議な魅力となって結晶している。黙っていれば集蛾灯さながら異性を惹き寄せるのは間違いなく、実際惟佐子は無口なのであるけれど、稀ににその口から発せられる言葉はどこか妙ちくりんで、理解を超える場合が多々ある。変な人ーと云うのが、同窓生のあいだでの、とはつまり上層階級にぞくする女性たちのあいだでの評判であり、さる宮家の跡継ぎが器量好みで嫁にと求めたところが、あまりの変哲ぶりに這々の体で退散したとの噂も囁かれていた。じつに惜しい人だ、との云い方で、おためごかしに揶揄する人もあったけど、華子はむしろ個性的で頭のよい先輩として惟佐子を評価していた。
> いまも惟佐子は、紅茶に砂糖を入れるかと尋ねられて、溶解度の限界までお願いします、などどと惚けた挨拶をして黒いボウタイをした初老の給仕を面食らわせている。ものの味について惟佐子が規格外の感覚を有しているのも、御茶の稽古のあと何度か一緒に食事をした華子の密やかな観察であった。

[雪の階 (単行本)](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120050467/reshypoxia-22/)

[神々の乱心〈上〉 (文春文庫)](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416710685X/reshypoxia-22/)
[貴族の階段 (角川文庫)](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01D2E6FN6/reshypoxia-22/) [新装版 昭和史発掘 (1) (文春文庫)](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416710699X/reshypoxia-22/)

天皇陛下の記者会見をみて

天皇誕生日にあたっての陛下の記者会見をTVで観ました。
宮内庁のページにも[陛下のお言葉の全文](http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/25)が掲載されています。

これには[英語version](http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/showEn/25)もあります

> 明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は,常に私と歩みを共にし,私の考えを理解し,私の立場と務めを支えてきてくれました。また,昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし,愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば,私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく,現在の皇后と出会い,深い信頼の下,同伴を求め,爾来じらいこの伴侶と共に,これまでの旅を続けてきました。天皇としての旅を終えようとしている今,私はこれまで,象徴としての私の立場を受け入れ,私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに,自らも国民の一人であった皇后が,私の人生の旅に加わり,60年という長い年月,皇室と国民の双方への献身を,真心を持って果たしてきたことを,心から労ねぎらいたく思います。

の部分は以下の様に英訳されています。

> In April next year, the Empress and I will celebrate the 60th anniversary of our marriage. The Empress has always been at my side, understood my thoughts, and supported me in my position and official duties as I performed my duties as the Emperor. She also showed great devotion towards Emperor Showa and others related to me and raised our three children with deep affection. Looking back, it was soon after I embarked on my life’s journey as an adult member of the Imperial Family that I met the Empress. Feeling a bond of deep trust, I asked her to be my fellow traveller and have journeyed with her as my partner to this day. As I come to the end of my journey as Emperor, I would like to thank from the bottom of my heart the many people who accepted and continued to support me as the symbol of the State. I am also truly grateful to the Empress, who herself was once one of the people, but who chose to walk this path with me, and over sixty long years continued to serve with great devotion both the Imperial Family and the people of Japan.

不謹慎ですが退位にあたって自決されるのではと一瞬感じました。
「継宮」ー考えたらこれもすごい宮号ですよねーの時代から80年以上に渡ってプレッシャーの連続だったと思います。
美智子さんを探し出して説得して皇室に入っていただくのに尽力した人たちは慧眼でした。
平成の皇室は彼女の傑作の一つだったと思います。
陛下のスピーチライターは美智子さんだったりしてと思うときもあります。

次だって雅子さんがこういう役割を果たして大化けするかもよ。

宮内庁は[陛下のpublication list](http://www.kunaicho.go.jp/page/ronbun/lists)も用意しているのですね。


「モンベルおじさん」と「割り込み坊主」

日本経済新聞の12/23の朝刊に
**[ゴールはどこ?](https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181223&ng=DGKKZO39243020R21C18A2BC8000)** 

という沢木耕太郎 さんの随筆が掲載されていました。なんで沢木耕太郎だけこんなおいしいエピソードに遭遇するのだと思う人もいると思います。

ぼくも毎日電車に1時間強乗ります。
使う路線は、阪急宝塚線-地下鉄御堂筋前-京阪本線
です。
帰りはこの逆ですが淀屋橋から梅田まで歩く場合も多いです。

往きは毎日ほぼ決まった時刻で行動しているので駅のホーム、電車の中でよく出会う人がいます。
阪急宝塚線のホーム出会う人たちは同じ駅を使っている訳ですから土曜日・日曜日に駅下の本屋とか駅前のスーパーマーケットで出会うこともあります。一度スタバでコーヒーを飲みながら話した事がある人もいます。あの人あんな仕事していいたんだと驚くこともあります。ぼくとて職業が不明だと思われています。

今日はその人の話でなく別の二人の話です。

一人は「モンベルおじさん」でもう一人は「割り込み坊主」です。

阪急宝塚線は朝6時前後は普通-急行-普通の順番で電車がやってきて池田駅先発の普通は急行より先着です。
この時間急行でも座れるのですが梅田駅で走らないと都合のよい地下鉄の電車に乗れないので通常は普通を利用していました。その梅田で地下鉄に発車間際に駆け込み乗車をするのがモンベルおじさんです。
モンベルのシャツとパンツを必ず身につけていたのが銘々の由来です。
モンベルおじさんが妙な行動をしているのを発見しました。
普通に遅れてぼくが急行に乗っていたときです。
十三駅でモンベルおじさんがホームを走っているのを見たのです。いつも御堂筋線に駆け込み乗車する人がどうして十三駅のホームを移動しているのだと思いました。でもその日もやっぱりモンベルおじさんは御堂筋に駆け込んできたのです。
考えた結論はモンベルおじさんは、乗車する時は後ろの車両に乗るのだが十三駅で一旦電車を降りで先頭の方の車両に移動しているのだということです。梅田駅の構造上到着ホームを飛び出して御堂筋線に移動するためには前の車両に乗っている方が有利です。
モンベルおじさんは御堂筋線から京阪の準急に乗るというところまでは把握していましたが時刻表の変更でぼくが乗る電車を変えたので以後出会っていません。
一度スーツで歩いている姿を見たことがあるのですが職業はなどは不明です。

もう一人は京阪淀屋橋で出会う「割り込み坊主」です。
6:50の特急は今年の秋までは普通電車の車両を特急として扱っていました。淀屋橋駅に出町柳からの乗客を乗せて到着して一度車内整理の為に扉を閉めてその後乗客を乗せます。
そのタイミングで後ろから割り込み彼は彼が自分で心に決めた自分の場所に座るのです。ごくたまにKYな観光客が進路を阻み彼の目論見が失敗することもありその時の悔しそうな顔を見るのがたのしみでした。
現在、6:50発の特急は8000系での運用となりぼくの乗る車両は2階建て車両になりました。入線がすこし早くなり到着と同時に乗車できます。
割り込み坊主は2階の二人がけのこれまた毎日決まった席に座っています。その席を確保するために以前より早く淀屋橋駅に到着するという戦術に出ているようです。
どの駅で降りてその後どう行動するかも知っていますが秘密です。
実は昨日駅周辺のキャバクラ街をうろついている姿を目撃しました。

御堂筋線にはもう一人まったく不可解な行動をしている人がいます。行動のパターンが全く読めません。いつか解明してみたいと思っています。

「ミスターマシモ」とか「貧乏なおばあさん」もいます。


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昨日から花粉症なのか黄砂症なのかわからないのですが猛烈に症状が出てきて死にかけています。

もしかしたらストレスかもしれませんけど…

 

ある原稿の締め切りが今月末に設定されていたのですが一週間ほど前にmailが来て2.5ヶ月後ろにずれて気が抜けてしまいました。

文字はほとんど並べ終わっていたのですがそれでは6合目くらいにしか過ぎないわけで今頃は泣きながら「寄せ」にかかっていたと考えると…

 


「小保方晴子日記」を読んで

証人喚問のex国税庁長官さんもなんか大変な時期に結構な事に巻き込まれちゃったなと自分の不運を嘆いてるのではないでしょうか。もう2年くらい早くても遅くてもこんな問題には巻き込まれなかったのですか。

あんなに頑張ってだれかが今後の保証とかしてくれることちゃんとなっているのでしょうか。ちょっと気の毒です。

「決裁文書書き換えー捏造ー問題」というのは書き換えられたことは確実でも「犯罪」として罪に問うことには結構大きなハードルがあると知って法律というのはそういう風にできているのだなと妙な感慨にふけっていました。

研究の不正も本人が不正事実を認めても刑法上の罪に問うのはやはりそれなりに難しいのと似ているのかもしれません。

しかし、政治と研究不正は一方で「倫理」の側面が強調されその段階となると何かよく分からん成り行きとなってしまいます。

 

最近「小保方晴子日記」を読みました。

精神科入院、博士号剥奪、手記の執筆…… STAP騒動を経て、壮絶な日々をどう生き延びたのか。 理研退職からの650日間を綴る。 〈『婦人公論』好評連載をもとに、その後の日々を大幅加筆〉 という触れ込みだったのですが特に有益な情報が得られたという感想はありませんでした。どうもいろんな温泉巡りをしていたようです。 しかし、この日記を読んでわかったことがあります。 

 

以前書いたことがあります

この本ー注「あの日」ーを読んで「STAP事件(と敢えて言います)」がよく解らなくなりました。 またはじめに書いておきますがぼくは小保方さんを擁護している訳ではありません。 内容は何人かの人が書いているとおりです。しかし、実際に読むとまったく印象が異なります。 これは妄想にとらわれた元研究者が小遣い稼ぎに書いた「手記」ではないと思いました。 あり得ないほど完成している部分と素人が書いたのだろうと一読して解るくらいの拙い部分が渾然としていてよほど実力のある編集者が伴走した結果だと思いました。 実に読みにくい箇所もありました。 しかし、第一章から第三章までは本当に読ませられました。第六章もリアルです。 関係者であればはっとするような内容を含んでいると思います。 取りざたされている人達はこの手記を黙殺するしか対抗手段はないのではないでしょうか。 これを読んで本気で「実際は」どうだったのかを単なる好奇心で知りたいと思いました。野次馬根性だと言われるかも知れませんが正直な感想です。 この本を購入して読むということに抵抗のある人もいると思います。

「あり得ないほど完成している部分と素人が書いたのだろうと一読して解るくらいの拙い部分が渾然としていてよほど実力のある編集者が伴走した結果だと思いました」 という感想は部分的には正しかったようです。 ライターさんとか編集者がかなり関与していたのですね。

しかし、今回の「小保方晴子日記」は既述は千々時乱れて最後まで読むとちょっと切なくなります。読まなくてもいいかもしれません。ほんと暗いです。温泉巡りをしていたのですが具体的な場所についての記述が無いのでなんか臨場感に乏しい感じはあります。

また寂聴さんに触発されて小説も書いていたようです。どこかに掲載されるかもしれませんね。

 

研究不正でいつも思うことは、論文に不正が「認定」されて最終的にretractされたとしてその論文の主張というは科学者間ではどう扱われるのかということです。

論文の不正が発覚するのが出版からかなりの時間を経てからという場合もあります。 可能性としては

  • 「あれは怪しいよ。だって誰も再現できないんだから」という場合
  • 皆が素晴らしい研究だと考えていわゆる追試的な論文も何報も出版されてからの場合 

二つはあってこれで感じ方も変わってくるだろとは思います。

これ不正事件があるたびにいろんな人に質問というか意見をお聞きするのですが当然のごとく明確な「答え」はありません。

また不正も結局再現性があれば最終的には許されるのか論文作成の手続きじょうどこかに瑕疵があればアウトなのか「倫理」の観点から考えると難問です。

小保方さんの場合は、とにかく彼女の主張を支持するdataが存在しなかったということだったのである意味単純だったのですが、再現実験を他人が行うなどの妙な儀式が行われました。これも結局は研究不正に対する対処法として妙な先例を作ったことになりました。


喉頭鏡の持ち方から

ぼくは麻酔もするのですが前日手術室で研修医君に喉頭鏡ー知っている人は知っているのですが知らない人は何って思うと思います。実はこんな物を口に突っ込んで喉の奥をのぞいて管を人間に突っ込みますーを持ってもらいました。

彼はこう持つのですがぼくは30年くらい前から自分では

こう持つ習慣が付いているのでちょっと違和感を覚えました。

興味があってtwitterで簡単なアンケートをしてみました。

32人の参加者があって

  • 1の持ち方が22%
  • 2の持ち方が78%

という結果でした。

バイアスもありまくるだろうし、どっちが正しいとか正統だとかいうつもりはありません。

しかし少なくともぼくは少数派ではなかったという事がわかりました。

 

医療がエビデンスに基づいて行われる時代になってもこういうベタな事についても意見が一致しない場合があります。管がちゃんと入れば持ち方などどうでも良いともいえます。

でも他人はどうしているのだろうという事には興味があります。東と西では麻酔のやり方が結構異なるよという話もあります。

 

他人がどんな麻酔をしているのかということを知る手段として麻酔記録を閲覧するということがあります。現在では電子的に記録されてPCから見ることができますが通常は自分の所属する病院の記録しか閲覧できません

例えばぼくが東京のある病院の麻酔記録を大阪にいるまま閲覧することは非常に難しいのです。

しかし多分これは技術的には可能なのだと思います。

 

例えば帝王切開の麻酔を脊髄くも膜下麻酔ー腰椎麻酔とも言いますーで行うとしてくも膜下腔に注入する薬剤の選択またdoseの選択をどうするのかについては最終的にはその場にいる医者が決める事になります。

日本全国でリアルタイムに帝王切開について薬剤とそのdose情報が得られるシステムがあれば日本の「今」が分かるのですが残念ながら今現在そのようなシステムは存在しません。腰椎麻酔の効果が弱くなった時にどう対処するのかなどの情報も得ることができます。通常このような事はいわゆる教科書には書いてありません。

今まで経験したこ事のない症候群を持つ患者の麻酔を担当する場合検索を行いどのような麻酔管理が行われたかについて学ぶことができたらこれはすごく有益です。

でも一方日本では、エアウェイスコープを使って挿管して、デスフルレンデ寝かせて、ロクロニウムとレミフェンタニルで維持して最後はスガマデクスを何でもかんでも200mg使って一丁上がり的な麻酔法が主流でこれって多分誰でもできるんじゃない?とかが明らかになったり、ある術式の病院ごとの手術時間とか出血量が瞬時に分かってこれは問題だという事にもなり兼ねないですね。#知らんけど

 

かつて師匠に「お前の研究で臨床を変えようなどと努努考えるな。臨床は日々自立的に新婦するのだから」と言われた事があります。

日本全国の全麻酔チャートにタグがついて自分のパソコンとかiPhoneから検索して日々の臨床に活かせるなら学会で誰かのありがたい()お話を聞かなくとも自分の医療は進歩していくと思います。


「雪の階」を読みました

奥泉 光 さんの「雪の階」を読みました。読み始めたら止まらなくなって5時間くらいで読みきりました。

東京自叙伝」もすごかった。

でもこっちもすごい。

各紙で書評がちらほら出てきています。


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