研究の再現性

On 2015/9/6 日曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

昨日麻酔科学会の関西支部学術集会に参加してきました。

たぶん座長をした「お駄賃」としてある本を会長の横野先生よりいただきました。(手術室の安全医学講座)

帰りの電車で読んだのですが知識のアップデートに有用と思いました。読者は麻酔科医の医者を想定していると思いますが研修医くんや看護師さんも良い読者になると思います。

手術室の安全といってもすごくスコープが広く確かにここまで考える必要があるよねということに気づかされます。

各項目は1-2ページでまとまられていますので時間を見つけてどんどん読み進めることができます。

NO.132は「あの先生、ちょっとおかしい??」です。内容は読んでのお楽しみということで。

 

手術室の安全医学講座

 


研究の再現性

ここ数週間、研究の再現性についての記事をネット上でいくつも読みました。

きっかけは

で紹介されている”Science”に掲載された論文だろうと思います。(Estimating the reproducibility of psychological science)

FiveThirtyEightにも関連の面白い記事が出ていました。

実験結果を不正に操作しようという意図がなくともいわゆる複雑な”p-hacking”をしているうちに他の研究者はおろか自分にも再現できない結果が得られそれを出版してしまうという事があるようです。

にはp-hackingのsimulatorが提示されていて面白かったです。

ここだけみてみるだけで十分価値があると思います。

 

このtweetのリンク先

米国・細胞生物学会の研究再現性問題への対策:2015年7月15日 も研究の再現性についての論考ですがこれも一読の価値があります。

 

明らかにデータの操作を行ったと思われる論文の存在を指摘しても知らんぷりの某学会の英文雑誌の対応と全く違いますね。そもそもなんであんなデータを提示している論文を採択するのかまったく訳が解りません。字面を読んでp<0.05だとそれでOKって感じなんでしょうね。自分でWestern blotとかしたこと無いんですよたぶん、査読者は。


人の死

ある書評サイト人はいかにして蘇るようになったのか: 蘇生科学がもたらす新しい世界紹介されていました。

Erasing Death: The Science That Is Rewriting the Boundaries Between Life and Death“の邦訳です。

ぼくは英語版で二年前に読みました。(参照)  英語版の章立ては以下の通りです。

  1. Amazing things are happening here
  2. One small step for man, One giant leap for mankind
  3. The formula of life
  4. Reversing death
  5. The orphan
  6. What it’s like to die
  7. The elepahnt in the dark
  8. Understanding the self: Brain, Soul and the Consiciousness
  9. The Afterlife We Know
  10. The AWARE study
  11. What does it all means ?

となっていて第5章までは蘇生学の解説となっていますがそれ以降は著者の考えが展開されていきます。これがかなり独自で面白いのです。

著者の一人Sam Parnia氏は医者です。 臨死体験や蘇生中の患者の意識状態についての研究を展開していてちょっとした有名人です。論文もあります

AWARE-AWAreness during REsuscitation studyという研究を率いていて論文もいくつも出版されています。 例えばこれ 

何をもってヒトが死んだと判断するかは基礎医学的・生物学的にはそうそう簡単な問題ではありません。

鎌倉時代に九相図という仏教画で人が死んで朽ちていく過程が描かれました。

  • 脹相(ちょうそう) – 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
  • 壊相(えそう) – 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
  • 血塗相(けちずそう) – 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
  • 膿爛相(のうらんそう) – 死体自体が腐敗により溶解する。
  • 青瘀相(しょうおそう) – 死体が青黒くなる。
  • 噉相(たんそう) – 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
  • 散相(さんそう) – 以上の結果、死体の部位が散乱する。
  • 骨相(こつそう) – 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
  • 焼相(しょうそう) – 骨が焼かれ灰だけになる。

こうなると死は誰の目にも明かなのですが現代では脳死一つとってみても少なくとも日本では普遍的な人の死ではありません。

この本は専門家向けというより一般啓蒙書として書かれていますので興味を持った人は邦訳を読むといろんな蘊蓄とか小ネタを得る事ができると思います。

著者による解説もあります。

Erasing Death: The Science That Is Rewriting the Boundaries Between Life and Death 人はいかにして蘇るようになったのか: 蘇生科学がもたらす新しい世界

 

満屋裕明先生 

以前、満屋裕明先生について書いたことがありました。(参照)

昨日本屋で満屋先生の評伝が文庫本で出ているのを発見しました。(エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明)

満屋さんって村上龍さんと同窓で一年先輩なのですね。

 

 


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日本語で科学をするとは

On 2015/2/16 月曜日, in hypoxia reseacrh, by bodyhacker

日当直でした。何もありませんでした。珍しいです。

午前中にどうしてもしないといけないいくつかの事を済ませてしまっってどうしようかと思案して調べ物とか読書に時間を当てていました。


学生と実験しています

このところ学生と一緒に実験をしていますorしていました。 一回生で「研究医養成コース」と三回生で「配属実習」とのプログラムに参加している学生たちとです。

結構単純な実験系を使っての実験でそれなりの「結果」が出てきて一安心です。

 

– まず習得してもらうのはピペット、ピペットエイドの使い方です。 まずやってもらうと力が入りすぎて”おぼちゃん”みたいな不自然な持ち方になってしまうのです。何度かやってもらいここら辺が自然になってくると一応合格となります。

麻酔科研修に訪れる研修医くん・さんたちのマスク・喉頭鏡の持ち方も自然に見える人は大抵うまくできています。

 

– 次は実験の手順を頭にいれるということです。考えならが実験を進めると手順を間違ってしまうことにつながります。

 

– でも一番大切なのは一回一回の実験の目的の把握とそれに基づいた実験の遂行です。

96 wellのplateを使う実験などではいくら8連のピペットを使っていてもplateの左右・上下では処理に時間差などが生じてしまいます。

実験の目的にあわせて薬剤処理の順番などを決める必要がある場合もあります。一番大切なポイントを決めて実験ごとに微調整できるようになれば一人前ですがこれはなかなか実現は難しいです。何度かパイロット実験をしないと明らかになってこない場合もあります。

 

単純な実験でも議論しながら行うと学生の行動様式が変わってくるので面白いです。

 

この実験思いの外うまくいってちょっと実験を追加して論文にまとめたいです。


読んだ本二冊

一冊目

日本語の科学が世界を変える

世界をリードする日本の科学・技術。その卓抜した成果の背景には、「日本語による科学的思考」がある という仮説から出発した日本の科学論です。

生命科学の領域では、基礎研究でも臨床研究でも少なくとも原著論文は英語で書く場合がほとんどだと思いますが、

ここで英語を「使う」からといって「英語で科学をしている」という言い方はできないと思います。 少なくともぼくの場合、「日本語で考えて」いるしその意味では「日本語で科学をして」います。 留学していた初年度はlabで日本人はぼくだけだったので否応なく英語を使っていましたが「英語で科学をしていた」という意識はありませんでした。

医学教育に限っても日本は日本語だけで6年間の医学教育が可能となっている世界の趨勢から見れば特別な国です。 リアルタイムで外国の最新の知見を取り込むとかそのような必要に迫らなれければ英語が必須な訳ではありません。また最新の知見を臨床現場に取り入れていくことが必ずしも患者のケアの向上につながらないという場合もあります。いくつかの研究が揃ってメタアナリシスができる位に時間的な余裕があれば日本語での解説などもいくつも出てきますし日本語の医学系の雑誌もいくらでも存在して毎号結構興味をそそる特集が組まれます。 それ故独自の進化を遂げているという側面があります。

 

この「日本語の科学が世界を変える」も英語を使わずに日本語で論文をかけというような単純な議論を展開している訳ではありません。

養老孟司先生は実は英語がすごく得意なのだそうですがこんな事を言っています。

英語論文でも、英語と日本語の文化の違いからさかのぼらなくてはいけない。英語論文を書くときに、僕が二つの言語の性質の差を感じるのは、英語の文章を書くためには、日本語で記述するときとは違った部分を観察しなければいけないということ。僕が日本語の頭で観察するでしょ、観察が終わったと思って、今度は英語で書くでしょ、すると、途端にわからなくなって、現物に戻って見直すということがあるんです。なぜなら、英語の文章になるためには、ここが抜けていたら文章にならんというのがあるんですよ。主語が典型的にそう。日本語だったら、主語を省略することだってできる。でも英語では、「はて、主語は何だったっけ」と確認しなければいけない。

この議論と似通った主張も含まれていますがそうでない議論も含まれています。

日本語の科学が世界を変える」 は、一読の価値はあると思います。

 

二冊目

最相 葉月さんの「れる られる

「れる られる」とは、助動詞の「れる」と「られる」のことです。

人の一生で受動と能動の転換点または境目を「生む・生まれる」「支える・支えられる」「狂う・狂わされる」「絶つ・絶たれる」「聞く・聞かれる」「愛する・愛される」の六つの動詞をきっかけに考えた一種の随筆です。

どの章も読むと考えさせられる内容なのですが、第四章「絶つ・絶たれる」研究不正、ポスドク問題を扱っています。絶つ・絶たれるとは文字通りの人生のことです。

医学部の授業で使ったらよいと思う一冊です。

 


麻酔科学会の資料

日本麻酔科学会が後期研修医向けパンフレットを発行しました。

昨年の秋に学会を通じて学会員には配布されていたのですが最近になって学会のホームページを通じて誰でもが閲覧できる形としたのです。

このパンフレットには、「麻酔科医以外の医師は、なぜ、子供に麻酔科をすすめるのか?」というタイトルが付いています。

曰く

麻酔科医、麻酔科医以外の医師それぞれに、麻酔科医の魅力についてアンケートで尋ねたと ころ、どちらも「QOLが高い」という回答がトップでした

麻酔科医という進路選択を語るうえで「QOLの高さ」は見逃せない要素になります

麻酔科医は基本的に集中治療、ペインクリニック領域以外の、いわゆる手術室におけ る麻酔管理に関して主治医になることは、まずありません。ですから、サマリーを書くことも、 まずありません。医師の業務のなかで、詳細なサマリーをまとめる労力と時間は、たいへん大 きな負担になっています。そうした負担から解放される事は、他科の医師から見て「正直、羨ましい」と思われているところもあるようです。

ここでいうQOLとはいわゆるQOLMの事でこれが麻酔科の魅力のトップであると学会が公言するのは問題があると思います。もっと言えば恥ずかしいです。

「サマリー」を書かなくてよいことがそんなに素晴らしいことなのでしょうかそれもぼくにはよく解りません。

やっぱり何か変だぞというような議論はなかったのでしょうか。不思議です。

今日あるブログエントリーを読みました。(『社会貢献曲線』 〜社会インパクトを最大化しようと思ったときに〜)

「社会インパクト」と「スキルレベル」の関係のグラフが書かれていて曲線に「多くの社会貢献活動で必要とされる領域」と「本業の人たちの領域」という二つの領域が存在するとの議論です。

医者にもいろんなレベルがあって「多くの社会貢献活動で必要とされる領域」で働いても社会へ与えるインパクトでは低くなくある意味すごく大きいともいえるのです。しかしこの領域は条件によっては他職種たとえば看護師にとって変わられる可能性も秘めています。「医師免許」に守られているのですね。

 

 

 


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麻酔科学会学術集会が終わりました。 来年は横浜での開催です。

今回の学術集会のキャッチコピーが「 今一度,知識に知恵を重ねて社会貢献を考える」 だと知ってのけぞってしまいました。金曜日のランチョンセミナーの演者の先生はこれを引用されていたのですね。

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円山公園近くの寿司屋さんにあった縄文時代の土偶,な訳はありません


学会は比較的まじめにいろんなセッションに参加することにしています。

それが残ってくれている先生方へ礼儀だと思っているということもあるし,日頃何も麻酔について勉強していないので何を皆が考えているのか知りたいということもあります。

感じたことを連ねてみたいと思います。

  • 書かれたものを読めば10分で終わるようなことを延々と聞かされると何か損したような気持ちになります。大抵こういう場合「書かれたもの」がすでに存在します。 これには閉口します。

  • いい加減な事をさも本当の事のように話す人がいることは問題というか困ります。薬理学的,生理学的,生化学的,分子生物学的に考えれば「それは無いだろう」ということを数百人の前で「堂々と」語られてもなー。

  • 持ち時間を全部使って自分が如何に「物知り」であるかを誇示する必要などないのですから講演は時間の8割くらいで切り上げて残りは質問時間に使ってもらいたいと思います。議論の時間が無いのであればビデオを見ているとの変わりはありません。

  • 同じテーマがいくつかの規格で繰り返し取り上げられることにも閉口します。麻酔科学会はネタ切れなのでしょうか?もっともっと重要なissueを発掘して皆で議論するという方向にむかってほしいです。予定されるシンポジウムは一般演題募集時には明確に会員に提示してそこへ公募を募り新鮮な発表を拾っていくという視点がないと「いつもの年寄り」がいつもの話をちょっと上手に話すというものになってしまいます。

  • 聴衆の皆さんが「おとなしい」ことも気になります。大会場で行われるシンポジウムなどの場で発言することには勇気が必要だと思いますがポスターセッションやポスターディスカッションのセッションなどではもっと自由に発言したらよいと思います。今回のポスター会場はその点十分な配慮が行われていたと思うのに質問やコメントを述べる聴衆は余り多くなかったと思います。

  • 優秀演題の制度はとくに演題のピックアップ法をもう少し工夫をしてもよいかも知れません。一人か二人が独断と偏見で演題を選んでしまうような方法でも面白いセッションになるかも知れません。

最終日は

S14:脳を護る「今一番良い麻酔薬・麻酔法とは!?」 を聴きました。

橘かおり先生の「[S14-4]幼若動物における麻酔薬の神経毒性:臨床との関連性は?」 がすごくためになりました。

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植物園の近くで見かけた変な建物です。これであと3階くらい高ければ倒れちゃいそう。

 というわけで今回最もためになった講演は二日目に聴いた東京歯科大学市川病院の麻酔科の大内貴志先生の手術中の低体温予防」でした。ビデオができたら配ってください。うちの看護師さんにも観てもらいたいと思います。


一緒に研究を進めてきた田中先生が「Q11:救急ICU 優秀演題(基礎)」部門の最優秀演題賞を獲得しました。

おめでとうございました。

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といった後からで恐縮ですがこれはセッションに参加した演題の中で一番マシであったというほどの意味合いですので広く世の中で価値のある研究として認められるためにはたぶんもう少しの追加の実験が必要だとぼくは思っています。


ランチョンセミナーに向かう途中でぼくの麻酔科医人生の初めての症例を一緒に担当してくれたK井先生と出会い結構長く話せたり,千歳空港でこの三月まで通った某病院の院長先生と30分くらい,また飛行機に乗り込むと懐かしい先生と大阪伊丹まで話すことができました。

これは学会の効用ですね。

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2.7とか1.7って北二条西7丁目とか北一条西7丁目ということなのでしょうが,南一条東7丁目とどう区別するのでしょうか?

 


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