朝から日当直です。

午後に緊急手術があったのですが外科の先生の活躍であっさり終了しました。

救急のICUから淀川の川縁が見えるのですがちょうど日没直前で少し風が出て川縁の背の高い木が揺れていて気持ちのよい風景でした。暑い一日だったようですが夏は確実に終わりに近づいています。

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先週、立花隆氏の「がん 生と死の謎に挑む 」を読みました。

これは2009年に放送された

NHKスペシャル 立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む

の内容が単行本にまとめられたものの文庫本化です。番組の台本までついています。

文藝春秋誌に四回に分けて掲載された立花氏のTUR-Bt体験記「僕はがんを手術した」も収録されています。

単行本には番組を収録されたDVDが付録で付いていたようですが文庫には付いていません。

今回の文庫本化に合わせたのでしょうか番組自体は現在でもNHKのサイトで視聴できるようです。(参照)

NHKスペシャルの放送後,拡大版がBS特集として三回にわたり放送されました。 枠に収まらなかった影像も交えてより内容が深まった放送でした。

シリーズ立花隆 思索紀行 人類はがんを克服できるのか

  • 第1回 “がん戦争”100年の苦闘
  • 第2回 生命の進化ががんを生んだ
  • 第3回 生と死を越えて

です。

「思索紀行」などというすこし大げさな字句が番組に付くのはNHKでは立花氏と沢木耕太郎さんくらいのものだと思います。

立花氏が自分または近親者のがん体験に基づき「がん」を捉えるかということを前面に押し出した構成で非常に面白い番組でした。本はこの番組を忠実に再録した形になっているので番組を見なくとも立花氏の考え方は理解することはできます。

人類は未だがんとの闘いに勝利していないし近い将来にも勝利することはないのではないかという立花氏の考えが底流にあります。

そのラインでのっけに登場するのは近藤誠氏です。がんと闘うことの「不毛性」を主張してその著作はベストセラーにもなっています。 立花氏は相当好意的に近藤理論を受け容れています。

番組の終盤は終末期医療や緩和医療が取り上げられます。 冒頭からの関連で番組の流れとしては自然な成り行きです。

 

国内外の研究者へのインタビューもその光景が所々に挿入されGLS氏も番組に登場していました。後にGLSと会ったときに聞いたら立花氏の日本での「立ち位置」を理解はしていなかったようです。

 

近藤氏が「闘うな」といくら主張してもがんとの「闘い」はあらゆるレベルで行われています。ぼくも麻酔科の医者としてその闘いに参加しているとはいえると思います。

ぼくは日常的に患者のがん治療に関わっていますがこれはいわゆる主治医として関わっている訳でなく麻酔科医として手術の際に麻酔科医として関わっているだけです。しかしがんを実際にこの眼で日常的に見ています。

番組の最後に立花氏は以下の様に話します。

 

この取材をしてきて、私が確信していることが二つあります。

一つは、私が生きている間に人類ががんを医学的に克服することはほとんどないだろうということです。

で、もう一つは、だからというか、自分がそう遠くない時期に非常に確実に死ぬだろうけれども、そのことが解ったからといって、そうジタバタしなくて済むんじゃないかということなんです。

がんというものはしぶとすぎるほどしぶとい病気なんです。

というか、生命そのものがはらんでいる「一つの避けられない運命」という側面を持っているということなんですね。

そうであるなら、全てのがん患者はどこかでがんという病気と人生の残り時間の過ごし方について折り合いをつけねばなりません。 ぼくの場合、残りの時間の過ごし方はいたずらにがんばって人生のQOLを下げることではないだろうと思うんです。 徳永先生のところで学んだことは人間は皆死ぬ力を持っているということです。

死ぬ力というといい過ぎかもしれません。 死ぬまで生きる力といったほうが良いかもしれません。

単純な事実ですが、人間はみな死ぬまで生きるんです。ジタバタしてもしなくとも、死ぬまでみんなちゃんと生きられます。

その単純な事実を発見して、死ぬまでちゃんと生きることこそ、 がんを克服するということではないでしょうか

 

 

ついでに、がん関連の読み物を三冊紹介します。

がん研究レース―発がんの謎を解く

がん遺伝子の発見―がん解明の同時代史

病の皇帝「がん」に挑む

一冊目と三冊目は翻訳です。

それぞれ “Racing to the Beginning of the Road: The Search for the Origin of Cancer“と”The Emperor of All Maladies: A Biography of Cancer” が原書です。

病の皇帝「がん」に挑む」は8/18の時点で発売されていません。ぼくは日本語版を読んでいないのでその質についてはコメントできません。

がん研究レース―発がんの謎を解く」は古本が入手できます。翻訳は京大の野田先生御夫婦でこれは一言一句完璧な日本語訳です。原書と翻訳を付き合わせて検討しました。科学書の翻訳本の最高峰といえると思います。

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CellにCarmeliet氏のlab.の新作が出ていました。流行を押さえてそれでいてぼくらの斜め上を突き抜けていくような素晴らしい作品だと思います。

Role of PFKFB3-Driven Glycolysis in Vessel Sprouting

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New York Timesにプロゴルファーの有村智恵さんの記事が掲載されていました。

Lonely in the L.P.G.A.” です。

ぼくはゴルフもしないのでまったく詳しくないのですが有村さんは現在米国ののゴルフツアーに参戦しているのだそうです。 基本的には米国に居を構えて単身での参加をしているようです。 彼女がどのような闘いを一人で行っているかという観点からのドキュメントです。 なぜか写真まで付いています。(参照)

単身海外留学をしている人は誰でもこんな事を考えているのではないかと感じました。


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Open medical scienceのはじまり

On 2013/6/20 木曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

Open medical science

雑誌 Annals of Internal Medicineにrecombinant Human Bone Morphogenetic Protein-2の安全性と有効性についてのmeta-analysisの結果を報告する二編の論文が発表されました。(参照1, 参照2)

この論文は従来型のmeta-analysisの報告ではありません。Yale大学と製薬会社であるMedtronic社が立ち上げているYale University Open Data Access (YODA)というデータベースを用いた研究論文なのです。 このデータベースの特徴はopen accessデータベースであるということです。 外部の研究者であってもこのデータベースに収録されているpatient-level clinical research dataにアクセスできてそれを用いた研究が可能なのです。 冒頭の二篇の論文はこのデータベースを用いた「独立」した二つの研究結果なのです。

この論文にはいわゆるeditorialが三つもついていて如何にこれが画期的なプロジェクトから生まれた論文であるかについて解説されています。

A Historic Moment for Open Science: The Yale University Open Data Access Project and Medtronic

Meta-analysis of Trials of Recombinant Human Bone Morphogenetic Protein-2: What Should Spine Surgeons and Their Patients Do With This Information?

Closing in on the Truth About Recombinant Human Bone Morphogenetic Protein-2: Evidence Synthesis, Data Sharing, Peer Review, and Reproducible Research

日本で問題となっているARBに関連する一連の問題とはまったく異なる次元の出来事です。臨床研究であれその元になる患者データが公開されていれば論文の検証は比較的に容易にできます。「あのような」問題は生じ無かったはずです。 否応なく時代はこういった方向に進んでいくのだと思います。

オープンサイエンス革命」で紹介されているような状況は患者の治療に関わる医学研究の分野でもすでに始まっているのです。

単一施設で行うごく小規模の学会への発表のみを目的としたような「臨床研究もどき」を続けることに何の意味もありません。データベースにデータを皆で蓄積してopen accessを保証することで臨床研究の質は確実に向上するはずです。 末梢神経ブロックが効いたとか効かなかったとかをせいぜい100人程度で検討する研究なんでやる意味ないですよ、実際には。

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運動するとおっぱいが痛くなる

“The Problem of Breast Pain in Women Who Exercise”

New York Timeを読んでいたらこんな記事が出てました。

ロンドンマラソンに出走した一般人を含むAA cup からHH cupまでの様々な女性を対象とした研究です。 F cup以上だと他と比較して有意にマラソン後の「おっぱい痛」の比率が上がるのだそうですがA cupの人でも痛むことは痛むそうで大きさだけでは決まらないのだそうです。 handy online guide to bra fittingなるガイドラインが出ています。

変態扱いされるのはイヤなので家内と娘には何も言わないことにします。

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あたらしいImpact Factor

2012のimpact factorが発表になりました。 でも、こういうものに余り興味が無くなりました。

そうは言っても、genes & developmentとJBCの「凋落」にはがっかりです。

JBCはぼくらにとっては「とにかくJBCに載るように実験を考える」という「標準雑誌」だったのでした。

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今月中に投稿したい論文があっていろいろとやっていたら新しいエントリーから遠のいてしまいました。今週木曜日-といってもお勤めは水曜日からです-から土曜日まで学会でこの期間中は落ち着いて論文に取り組むことは不可能ですのですこし気合いをいれて作業を進めてきました。
何とかなりそうです。
今月は最終週にまた一週間ほど某コンファレンスがありこれまた論文を書くという雰囲気からはしばし遠のきますので来週と来来週が勝負ということになります。

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New York Timesに”Stone”というコラムがあります。

The Stone is a forum for contemporary philosophers on issues both timely and timeless.

という解説があります。

大きなくくりでは「臨床哲学」という分野となるのだと思います。
先週
Stone Links: Identity Check
というタイトルのエッセーがありました。

If your brain were transplanted into an organ donor’s brainless body, would you be getting a new body, or would you be losing a brain?

という問いかけから始まっています。

ちょっとベタな感じですよね。そう思って読み出したら結構面白かったです。

ぼくの恩師の一人に森健次郎 先生がいます(参照)。もう亡くなりました。
大学院を終わって麻酔科で助手-いまでいう助教でしょうか-をしている時代に結構いろんなことを話しました。
研究室に夜とか土曜・日曜日にいるとぼくの部屋に入ってきていろんなことを頼みもしないのに話してくるのです。
といういう訳で彼の若いときからその時分まので研究にぼくは大変詳しくなり教授退官最終講義-といってもホテルで行われたのですが-の内容で知らないことは無いくらいに詳しくなっていました。鶏はまだしもウナギの脳波を採ったことがあるとかウサギはストレスに弱いだとかいまでもいろんな事を覚えています。
脳死についても一家言有り-Miller’s Anesthesiaのbrain deathの項は森先生と関西医大の新宮先生と今は近畿大学にいらっしゃる中尾先生の共著となっています-いろんな話題を振ってくるのです。
まず手死・足死。石器時代には骨折しただけでエサを採る能力が低下して生き残れなっかたというのです。
どんどん時代が進み,腎不全になっても透析がある,肝不全になっても肝移植,心不全には心移植,呼吸不全には肺移植などが開発されてきているけど脳死で脳移植はないだろうということで脳死にたどり着くのです。
何度も同じ話を聞いていると一種の洗脳を受けたようになり森先生の視点がぼくの視点となってしまいました。

大学生の時に読んだ本で「中枢は末梢の奴隷―解剖学講義 (Lecture books)」というのがあります。養老 孟司さんが当時作家デビューしたばっかりの島田雅彦さんに「解剖学の講義をする」という形式で進む対談です。
タイトルがすばらしく今でもたまに読み返します。

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週末に「ほんとうの診断学: 「死因不明社会」を許さない (新潮選書)」を読み切りました。

正確な診断なくして、よき人生はない
正しい診断を知ること、それは「いのち」と向き合うことである。Ai(死亡時画像診断)を提唱して医学界の改革を図る著者が、「検査」と「診断」の本質を徹底究明。正しい医療を受けるために必要な知識を解説しながら、市民社会への視点を見失い不毛な議論に終始する昨今の日本の医学研究を解剖、その欠陥を抉り出す問題作。

と紹介されていたのでどんな本か読んで見たくなり立ち読みもせずにamazonで注文してしまいました。
とりあえず「最終回答」というのははったりです。

しかし一方,Aiは実はかなり浸透してきているのではないかと思っています。
森先生が亡くなった二週間ほど前にぼくの父がぽっくり亡くなりました。
農作業中に倒れそのまま蘇生できずに死亡宣告です。二時間ほど心臓マッサージが続けられていたそうなのですが一度も戻らなかったようです。
ぼくが直接先生に「もう結構です」というまで続けようと考えていたようです。結局本当の死因は解らなかったのですが,頼みもしないのに地元の病院の循環器の先生は死亡した父の頭から下腹までCT検査をしてそのfilmを弟に託してくれていたのです。後でぼくが何かねじ込むとでもお考えだったのでしょうか。
ぼくが見たところ脳の出血などはなく,ぼくの自力では異常を見つけられませんでした。filmを京都に持って来て放射線科の先生に読んでもらおうと思っていたのですがいざ頼もうとして結局はいまだに頼まず仕舞いです。何か怖くなってしまったのです。
というわけでぼくは死因はなんとしても明らかになる必要も無いしAiで全てが明らかになるとも思っていません。
でもAiで医学は確実に前進するだろうとは思っています。

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ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)
も電車の中で読みました。

医学部の講義は全て必修です。工夫をして受講者を集める努力をする必要はありませんが学生は出席するしないを自分で判断して面白くない講義であれば途中からでも退席する人もいます。(参照)

今年は内容は変えずにすこし工夫をしてみようかと思っています。

というわけで今日はお終いです。
学会で見かけたら声をかけてください。特に怖くはありません。

木曜日の夕方にすこし怪しい集会がありこれは楽しみにしています。いやー実際何話したらいいのか解りませんよね。


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