このエントリー土曜日に書きかけたのですが結局日曜日の4時まで麻酔をする羽目になり尻切れになっていたのです。

続きを書いてみようと思いますがその前に 「払うと約束した金は払え!!」ということを強調しておきたいと思います。

約束を守らんのは人間のクズです。


土曜日は日当直で病院におりました。

朝から夕方まで8時間くらい働いて(麻酔をしたということです)夕ご飯にはなんとか間に合いCoCo壱番屋カレーを食べてICU当直のKき先生と少し話してシャワーを浴びて, という状況です。

と書いていたらまた呼ばれて結局24時間の日当直中15時間麻酔をしていたつまりとにかく手術室にいた(それで測るとプラス2時間くらい)のでした。


大統領選挙

某国の大統領選挙には特に大きな関心は無かったのですが,選挙予報が軒並み「外れた」という事にはそれなりのショックを受けました。

538までが惨敗したわけです。

 

Nate Silver氏は投票日の朝に,”Final Election Update: There’s A Wide Range Of Outcomes, And Most Of Them Come Up Clinton“なる論説を発表していて 今回の選挙予想の困難な点を自ら解説していました。 ポイントは以下の通りです。

  • Polls are good — but not perfect
  • Undecided voters contribute to uncertainty
  • There are far more undecided voters this year
  • Polling errors are correlated across states — and could put Clinton at risk or put red states in play

選挙後さらに

を発表して,もしヒラリー候補の得票がもう1%多かったらという一種のシミュレーション結果を発表してもいます。 要するに予想のマージン内の接戦だったのですね。

 

雑誌New Yorkerに”Aftermath: Sixteen Writers on Trump’s America”が出ていました。

皆「やれやれ」と思っているのですね。


研究を続けるのは大変だ

ちょっと前のNature誌に“Hard work, little reward: Nature readers reveal working hours and research challengesという記事が出てました。

2/3 位の研究者が研究を止めようと思ったことがあり15%位は実際に止めちゃうとのこと。 アンケートによれば,1/3の人は,意にそぐわない論文を出したことがあるとかいろいろな結果が出ていて身につまされます。

研究時間も週に60時間以上働く研究者が38%いて80時間以上という人も10%弱います。

医者はもっと働いているという人もいますが,たとえばぼくなど麻酔器の前に座っているだけという場合もあるし(それでも手術室は寒いのでじっとしていると体温の維持のためにエネルギーを消費するのです疲れるのですが),STが完全に上がっている心電図を見ても何の反応もしない人や,スマートフォンをもっったまま麻酔をしている人もいてこれって働いているの?って感じの場合もあるわけです。まあ要するにあまり頭を使っていないわけです。

 

麻酔ってよく考えると何がどうしんどいのかよく解りません。深夜3時くらいになると頭痛がしてくるのは事実ですが。

15時間働いた後のぼくに麻酔される人もいるわけで事実を知ったらどう思うのでしょうか。 そもそも一人で日当直をしているのが問題なのだろうけどそれを問題視して解決する機能が失われている職場で「それはおかしい」と主張してもほとんど何も解決しないのですからどうしようもありません。

「やれやれ」


Paul Kalanithi氏の”When Breath Becomes Air“の邦訳が早川書房から出版されたそうです。

「いま、希望を語ろう 末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」」

というものすごいタイトルになっています。

訳者の田中さんの「あとがき」がHonzで公開されています。

ぼくの読後感とは大分異なるなるのですが読んで損はないということは間違いが無いともいます。 英語はすこし難しいと思いますが読み始めてリズムに乗ると苦にならなくなります。

Being mortal” 
 “Do No Harm

と合わせて読んだらよいと思います。

三冊とも邦訳がでました。

New York Times のbook reviewで取り上げられるような本は結局は邦訳されますね。


科学誌 Scientific Reportsは,「金払えばOKなジャーナル」ではありません

こんなtweetを見つけました。

ちょっとびっくりしました。Scientific Reports「金払えばOKなジャーナル」とは,ぼくは思っていないからです。

この人はどうしてScientific Reportsが「金払えばOKなジャーナル」だと思っているのでしょうか。「金」で掲載してもらったことがあるのでしょうか。ここまで言い切るのですからこの人はNatureとScientific Reportsに自分(たち)の論文を投稿して,査読を受けたことは最低あると思うのです。その経験からこういうtweetをしているのであれば「そう」なのかもしれませが名前がわからないのでこの人の論文がNatureまたはScientific Reportsに掲載されたことがあるのかが解りません。

もしそんなうまい方法があるのならこっそり教えてください。金でOKになるのなら2倍の掲載料でも払います。

 

論文の掲載に際してお金を払うのはScientific Reportsだけではありません。米国の科学アカデミーの雑誌PNASも掲載には通常$1225「払う」必要があります。またopen化(特別な購読なしに誰でもが論文をよく事ができる状態)には追加で$1350必要です。合計するとScientific Reportsの掲載料より高額になります。

 

このtweetもまるでScientific Reportsが一種のトンデモジャーナルだといわんばかりです。

何なんだと思ったら,“Murine hypothalamic destruction with vascular cell apoptosis subsequent to combined administration of human papilloma virus vaccine and pertussis toxin” こんな論文が,Scientific Reportsに出ていたんですね。 知らんがな。 Scientific Reportsは査読誌でreviewerとeditorが同意すれば出版される雑誌なんだから。

掲載料の有・無,高・低と論文の内容が本当か嘘かには明確な連関は無いと思います。

また学会誌と商業誌でも差は無いと思います。

例えば雑誌Natureは商業誌です。

また学会誌であるからと言って内容が保証されているわけではありません。日本の某学会が発行する英文誌は掲載料は無料ですが読む価値のある論文は多く見積もって5%程度です。明らかにウソだろうという論文も結構な数あります。

 

とにかくScientific Reportsは,「金払えばOKなジャーナル」ではないと思っています。


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暑いです

On 2013/10/6 日曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

朝から家で某作業をしているのですが暑いです。 完全に夏の日差しで気温も30℃をあっさり越えていると思います。 ファンが廻ることがあまりなくなったmacbookもブーンと音を出しているので暑さに拍車がかかっています。 家内が外出しているので洗濯をしたのですがあっという間に乾いてしまいました。

結局大阪市では32.7℃まで気温が上昇したのだそうです。

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先日某集会で某先生にブログの更新がなく学会でも見かけなかったからどうにかなったのかと思ったと云われたのですが一応元気でやっております。

前回のエントリー出してから、日本語の総説一篇、論文のrevision二つ、英語の症例報告一つ、査読三つしました。忙しかったのです。


Cakesというネットマガジンで堀江貴文さんの ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく という連載が行われています。

11月5日(火)に発売される堀江貴文さんの書き下ろし単行本『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』の内容を、cakesでいちはやくお届けしていきます。

ということで11月には出版される彼の自伝的回想録を先行して掲載しているのです。 静謐な文体で綴られる文章がネットで評判となっています。

うちの両親は、二人とも平凡な高校を卒業した、ごくごく一般的な人たちだ。 たとえば、うちの父は「本」と名のつくものをほとんど読まない。家に書斎がないのはもちろん、まともな本棚もなければ、蔵書さえない。テレビがあれば満足、巨人が勝てば大満足、という人である。 
そんな堀江家にあってそんな堀江家にあって、唯一読みごたえのある本といえば、百科事典だった。

とのこと。そんな家庭に育った堀江少年がどういう風に育って今の堀江氏になっていったかが語られるのだと思っています。

連載の数回を読んで「自分の事が書いてある」という気持ちを抱きました。

ぼくの父母は高卒どころか中卒で家にあった本は百科事典一式どころかたったの二冊。いまでも明確に記憶しているのですがその二冊は三島由紀夫の「潮騒」と田中角栄の「日本列島改造論」でした。

ぼくは学習塾に一度も通った事はなかったし中学・高校も家から最も近い公立校-本当は二番目に近かったのですが一番近い高校は女子校だったのです-に通ったということが彼と食い違う点です。小学校と中学校の教師は機関車で一時間ほどもかかる学校への進学を勧めたという事ですがどう考えても現実的ではありませんでしたので結局最寄り校に通うことになりました。

連載が進むに従って食い違う点がどんどん出て来るのですがとにかくはじめの二回くらいまではそういう想いがありました。

すごい興味を持って連載をフォローしています。

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医療関係者がみるネットで プレゼン参考書、役に立たない」が7割強 という記事を読みました。

学会や研究会での医者のプレゼンテーションやポスター発表を聴くと改善の必要があると想われるものが7割以上はあるとおもうのですが理由がわかったような気がしました。

とにかく他人に一回は聴いてもらうとだいぶ違うと思います。

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togetterで「妊婦と研究」というまとめを読んでみました。

神戸大学の岩田教授のtweet「忙しい臨床をやりながら研究活動は大変だ。産休や育休のとき、空いた時間に研究をしたらよい、という意見がある。大賛成だ。」がきっかけになった一連のTLをまとめたものです。

読んでいてよくわからんなと思っていたのですが途中で解った事があります。 要するに岩田教授のいう「研究」とぼくが考える「研究」が違うものだということです。

産休中とか育休中にでも「研究」はできると云うことですが確かに研究を広い意味に取ればいくらでも「研究」はできます。食べていても歩いていても研究はできるしもしかしたら寝ていても「研究」はできるかも知れません。たぶんぼくは24時間「研究」しています。それでなくとも臨床家は意識しなくとも日々「研究」を行っているともいえます。今日うまくいかなかったことがあればその原因を探り翌日の臨床に役立てる行為は立派な「研究」です。その結果が学会発表とか論文とかの「形」になる場合もあるし「研究者」の頭の中にだけ留まることはあるかもしれません。

 

昨日の日本経済新聞の朝刊に東京大学の石井志保子教授の記事が掲載されていました。

烈女 「数学への情熱支えに試練を克服 石井志保子さん」です。

このような研究と岩田先生が産休・育休中にでも行えると主張する「研究」はたぶん質の異なるものです。どちらが高級で低級であるとかの関係でなく質的に異なると思います。

生物学研究に限っても授乳をしながら実験を続ける事は事実上不可能の様な気がします。ただ研究室のミーティング出るなどの「研究活動」を継続することはこれは困難かも知れませんが一応可能だと思います。

と考えて自分的には納得しました。

 

ただ産休・育休中にできるのであれば臨床をしながらでも研究をすることは可能だと思いましたし実際にぼくはそうしてきました。臨床の片手間にやっているから碌な研究ができないのだと云われるとそれはそれで「そうですか」としか言い様はありませんけど。

結局本人の問題なのだと思います。

また「出産・育児ー>研究です」と言い切るのもそれこそドグマでしょう。そもそも比較できないこと同士です。

外部資金を獲得して遂行するようなプロジェクトはこれは目に見える「成果」を要求されます。頭の中だけで「研究」しましただけでは「次」がありません。他人の論文を読んでそれにcorrespodanceを付けたりちょっとしたメタアナリシスを行うだけでは「成果」と見なされない場合が多いと思います。研究費を必要としない「研究」だけを行っているのであれば成果など端から誰にも求められませんがこれで自分は「研究」を行っているのだと思うことができればこれはある意味happyかもしれません。


國分 功一郎 さんの 「来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題」をしばらく前に読みました。

「この雑木林をつぶして道路にします。
役所で決まったことなので、
住民は黙っていてください」



役所が決めたらそれで決定。
こんな社会がなぜ「民主主義」なのか?


たった1.4キロの道路計画をめぐる住民運動に
日本中から熱い関心が集まった! 

2013年5月、東京都初の住民直接請求による住民投票が、小平市で行われた。 
結果は投票率が50%に達しなかったため不成立。 
半世紀も前に作られた道路計画を見直してほしいという住民の声が、行政に届かない。 
こんな社会がなぜ「民主主義」と呼ばれるのか? 
そこには、近代政治哲学の単純にして重大な欠陥がひそんでいた――。 
「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」と 
住民運動に飛び込んだ哲学者が、 
実践と深い思索をとおして描き出す、新しい社会の構想。 

報道でも随分と取り上げられた「小平市都道328号線」問題を一方の当事者の視点から綴ったものです。

この「来るべき民主主義」と云うタイトルの意味は第五章で明らかになります。「民主主義というこの名に値する民主主義はいまだ存在していない。民主主義が来るべきものにとどまっている」というジャック・デリダの言葉から取られているのです。

 

「小平市都道328号線」問題は小平市と東京都と住民との関係で発生した問題なのですが、臨床医にはもっと身近ないわゆる「医局」という存在があります。

例えば日本は立憲君主制とか議会制民主主義(議会民主制)とかの政体だと考えられているそうですがその意味合いでは「医局」制度は絶対君主制だという事になると思います。医局員は誰を「君主」に戴くかを決定することが原理的にできません。教授会なり理事会なりが決めた「教授」が皆を「支配」する制度となっています。成文かされた憲法もありません。もちろんその君主が名君であれば絶対君主制であっても問題は少ないかも知れないのですが君主の決定が誰に対しても100%などという事はあり得ないのでどんな名君の治世でも不都合を感じる人はいると思います。統治に失敗しても交代は通常ありません。そもそも終身制の君主は「君臨すれども統治せず」という場合が多いのですが日本の医局制度はそうではありません。

そもそも医者をするのに「医局」に属さないといけないということはないので最近ではそういう選択を行う人もいます。うまく立ち回って「医局」に属していないのに「医局制度」の有利な点だけをもっていく人もいます。とにかく昨今の医者不足で混沌とした状態となっているのです。ぼくも損得だけで考えれば相当損したと思います。大学を移れば今までの「貢献」は全てチャラで何も見返りは無かったですから。

どうあれ「医局制度」には問題が大いにあると思います。だからといって根本からこの制度を否定するという発想では現実の問題をうまく扱えないと思います。民主的な集団に少しでも医局がなれるように具体的な行動をしていかないといけないのかも知れないとは思います。絶対君主制であっても民主的な運営はできるはずです。

ということを再確認。

またこの新書を読んで「レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史」を思い出しました。小平市ってここら辺ですよね。


ノーベル賞週間がはじまります。

昨年は日曜日だったように記憶しています。

最近は医学生理学賞だけでなく化学賞も生命科学分野からでる場合がありますから予想は難しいです。

iPS細胞級の発明はなかなかありませんからさらに予想は難しいです。

ただオートファジーはないだろうととは思っていますがカドヘリンはありかも。(参照)


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生きています

On 2013/4/6 土曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

始動しました

ずいぶんと間隔があきましたが元気でやっています。

朝は5時くらいには起床して毎日 阪急ー市営地下鉄ー京阪と乗り継いで通っています。朝でも夜でも乗り継ぎが便利なので(つまりホームで待つ時間がす少ない)助かります。しかも地下鉄以外では大抵座れます。この時間をどう使うかが大きな課題です。

 

現在、研修医の皆さんのオリエンテーション期間でぼくも当然のようにフルに麻酔をしています。

今週だけで昨年度一年以上の硬膜外穿刺をしたのではないかと思います。神経ブロックも京大では自分でする回数はグッと減っていたのですがこの一週間でかなりこなしました。

「こいつ何だ」という感じで皆が話しかけてくれます。よく考えたら外科系の先生だけで7−8人の先生方と今まで一緒に働いた経験がありますし、知り合いの縁の先生も何にもいてびっくりします。昨日は同級生と20数年ぶりに邂逅しました。

入室直後の患者さんの確認はバーコードによる認証です。これは良かった。某病院のやり方はどう考えてもおかしいよ。そもそもあれでは「確認」できていないと思いますけど。看護師さんにも教育的な指導を良く受けています。

 

芸風は異なるものの麻酔法に大きな差はありません。現代麻酔はある意味均質です。良いことなのでしょうね。

あの「加圧抜管」というのは何か意味があるのでしょうか?また薬液は注射針で吸引するのが好きなのですがあの妙な寸足らずの吸引針にはどうにもなじめません。

 

前の職場では8年間安全管理講習とか感染症の講習には一度も参加できませんでした。ただ単に時間がなかったのです、というのが公式な理由です。

今の病院でも参加を求められるのですが特に今週・来週は無理なのです、というような事情は当然的に事務の方もご存じでなので20日の土曜日を指定されたのですが「これも出張で無理」とお話ししたところ昨日になって「今日はどうか」と打診され結局これを受け入れました。赴任早々初めての場所で「塩対応」というもの何かと問題ではないかと思ったからです。初めての病院で京大の時のように振る舞っていてはいけないという指導も事前に受けていましたので。

開講時間の10分前にわざわざ電話を頂き絶対にぼくを確保しようという意気込みは十分伝わってきました。 会場に入るとなんと受講者はぼく一人です。またビデオ講習ではなく講師の先生による直接講義です。 お二人はわざわざぼくの為に時間をとってくれたというわけです。 おやつ付きで小一時間お話をお聞きしていくつか質問をさせていただき無事講習は修了です。メモまでとってしまいました。いくつかの重要な電話番号はその場で登録を促されたので素直に従いました。

確かにここまでやると効果は抜群で受講率も上がりますね。要はやる気でしょうか。未受講者のリストを配布するだけでは無理ですよ。

 

手術室の「安全な手術のため」の患者確認とかタイムアウトとかも某病院より実質的でしっかりしていますし関西医大はさすがに西日本で一位の病院だと思いました。(参照)

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研究活動

研究室も大部片づいたし昨日の夕方から机での仕事も再開しました。

今年も研究費はなんとかなる見込みだしぼちぼち始動します。

 

こうしてみるとずっと前からここの大学にいたような気もしますし前どうしていたかも良く思い出せません。

 

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最後に今日のtweetX2。

tweet1

tweet2

 

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