研究室に参加している医学部の学生が第一著者の論文が出版されました。雑誌の都合でLetter to EditorになりましたがAdditinal Filesが5まである立派な論文です。

田中くんおめでとう。


the mule

この前の日曜日に久しぶりに家内と映画を観ました。

クリント・イーストウッドが監督・主演の「運び屋」です。

軽い気持ちで選んだので席の予約もせずに出かけて映画館には20分くらい前に到着しました。予想に反してこの時点で残席はかなり少なくなっていて2人で並んで座ることができませんでした。

時間になったので映写室に入ろうとすると結構な行列ができていました。

珍しいなと思ったのですが理由がわかりました。お爺ちゃんが多くて動作が緩慢なのです。実際観客の平均年齢はかなり高く40歳を越えていたと思います。

ユリの栽培をしていた朝鮮戦争の退役軍人が麻薬(コカイン!!)の運び屋(mule)をするという実話に基づいた映画です。映画でもNew York Timesの記事に触発されたとend roleで出てきます。

特にすごく期待をしていた訳ではなかったのですがこれが面白い。はじまると直ぐに画面に引きつけられて当然そうなるだろうというラストまで引っ張って行かれます。

クリント・イーストウッド自身がインタビューでこう語っています。

アール-主人公の名前-は私だけでなく、多くの私の世代の男たちを代表している。我々の世代の男たちは、人間の評価を、いかに仕事で成功したかで計りがちだ。でも、価値観は時代とともに変わっていく。いくら歳を取ってもそれに追いつかなければ。人は何かを学ぶのに、遅すぎることはないんだ。それは、ずいぶん前から私の映画のテーマになっている。「グラン・トリノ」もそうだった。頑固な差別主義者が、人生の終わりに変わるチャンスを得る。最後に彼はあれほど嫌っていたアジア人たちのために命を投げ出す。素晴らしい変身じゃないか。私は、人生は1本の映画のようなものだと思う。

という訳でお爺ちゃん方の映画なのです。

 

これも予想通り終わったあと家内に説教されました。子どもが二人いますが家内が育てました。この映画の主人公まったく省みなかったのです。

 

映画では いわゆるoldiesが何曲も掛かっていました。帰りの電車の中でApple Musicで探すとちゃんとlist ができていて聴くことができました。良い時代になりました。

でも実際この映画何にも起こりませんよ。想像通りに最後まで行くだけです。


ウェルビーイング

Wiredという雑誌があります。日本版VOL.32のトピックが”digital well-being“です。

想像の通りにwell-beingWHO憲章の”Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”(健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます)に由来します。

「健康」とか「幸福」だと手垢にまみれているのでwell-being。

Kindle 版もあるしまあ読んでみることをお薦めしますがその前に編集長の巻頭言とドミニク・チェン氏のエッセイ「わたし」のウェルビーイングから、「わたしたち」のウェルビーイングへ」を読んでください。

ネットで読める文章なので引用してみます。

このなかで提示されているウェルビーイング研究領域としての挑戦のひとつに、地域文化によって主観的ウェルビーイングの因子が異なるという事実のよりいっそうの探究が挙げられている。なかでも面白いのが、日本、韓国、中国、そしてロシアとノルウェーを含めた24カ国においては、幸福の概念が「運」と結びついているという指摘だ。

「幸福」という言葉に「福」という漢字が入っていることも挙げて、このタイプの幸福はluck-based happiness(運勢型幸福)と命名されている。

luck-based happiness !!

ピエール・ルジャンドルやイヴァン・イリッチといった西洋の歴史家や哲学者が論じたように、「病気を治す」という思想は、問題を解決するためにシステムを制御するというテクノサイエンス主義と同根である。そこから、個々人の固有性を度外視した客観的な方法が適用される。

このような方法論が現代に通用しなくなっています。

 

石川善樹氏の

a Syllogism of WELL-BEING アイデア/ナレッジ/ノウハウ 「よい人生とは何か?」をめぐる三段論法

必読と思いますがこれはネットでは読ませてもらえません。

こんな話もあります


physician-scientist

Wiredはオリジナルは英語の雑誌です。

こんな記事がありました。

WHY YOUR DOCTOR SHOULD ALSO BE A SCIENTIST

医者でかつ研究者をphysician-scientistと呼ぶ場合があります。MD/PhDなんていう云い方もあります。

このような人たちがなぜ必要なのかを説いたエッセイです。

Physician-scientists bridge the gap between scientific theory and practical medicine. We need to boost their ranks.

が〆の段落です。

 

日本の医学部は6年かけて卒業します。こんな長い間一体何やっているんだとか国家試験に受かるだけなら1年か2年で十分じゃないかという声もあります。

ぼくの研究面での恩師の先生は医者としての研修中に”Letter: Two cases of T-cell chronic lymphocytic leukemia in Japan.”という症例報告をNew England Journal of Medicineに発表しました。これは後に”Adult T-cell leukemia: clinical and hematologic features of 16 cases”としてまとめられました。

つまりATLの世界初の症例報告を行ったのです。

皆さんもご存じの通りATL研究はその後大きな研究領域を形成するようになりました。世界に先駆けてウイスルも日本人が同定に成功しました。

AIDSのウイスルHIVとかその治療法が開発されたのもATL研究という資産があったからこそだと思っています。江戸末期から明治なってはじまった日本の西洋医学研究の一大金字塔です。

このような事業はphysician-scientistがいたからこそ達成できた事だと思います。

 

ぼくは医学部での6年に加えて麻酔科臨床をまる4年やってから基礎研究に入りました。

特にこの10年間がムダだったとは思っていないしむしろいろんな意味で必要だったのではないかと思っています。

そして今でも手術室で麻酔をしながら基礎研究をしていますが15年くらい前から10年くらいは本当にしんどかったですphysicalに。時間外2000時間よりハードな生活を送っていました。

最新の測定器機を使ったりする実験は採用していません。conventionalなmethodでイケるところまで行くという方法論です。

なのでいわゆるhigh impact factorの雑誌は初めから狙っていません。 ぼくのpublication listを調べると被引用回数で500回を越えているJBCの論文があります。これはぼくの関わったNature Geneticsの論文の被引用回数より多いです。理由は簡単です。これらが良い論文だからです。

今後もこういう方向性でいけるところまでいこうと思っています。

 

ぼくもいろんな場所でセミナーというか講演を行う場合があります。最後のスライドは研究成果の力点を基礎部門に置くときは

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臨床部門に置くときは

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としています。ぼくは医者なのだということを主張しているつもりです。

 

このエッセイには日本語訳があります。

医学の発展には、臨床と研究をつなぐ「フィジシャン・サイエンティスト」の養成が不可欠だ

です。


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