病院の休診日はPHSが鳴らないで仕事の処理がはかどりました。


「採用基準」

ネットで評判の伊賀泰代氏の「採用基準」を読みました。

AmazonのサイトでのPRは以下の通り。

マッキンゼーの採用マネジャーを12年務めた著者が語る マッキンゼーと言えば、ずば抜けて優秀な学生の就職先として思い浮かぶだろう。 そこでは学歴のみならず、地頭のよさが問われると思われがちで、応募する学生は論理的思考やフェルミ推定など学んで試験に挑もうとする。 しかしマッキンゼーの人事採用マネジャーを10年以上務めた著者は、このような見方に対して勘違いだという。 実はマッキンゼーが求める人材は、いまの日本が必要としている人材とまったく同じなのだ。 だからこそ、マッキンゼーは「最強」と言われる人材の宝庫の源泉であり、多くのOBが社会で活躍しているのだ。 本書では、延べ数千人の学生と面接してきた著者が、本当に優秀な人材の条件を説くとともに、日本社会にいまこそ必要な人材像を明らかにする。

コンサルト会社マッキンゼーが自分にとってどのような関わりがあるのか今ひとつ理解できていませんがたぶん「すごい」会社なのだと思います。 マッキンゼーがすごい会社だとしてその社員はたぶんすごい人たちなのだろうと思います。

その前提でマッキンゼーがどのような人材を求めているのかということを採用担当者があきらかにするという形式で,「リーダーシップ」とは何か,とりわけ社会のあらゆる局面で必要とされる「リーダーシップ」とはなにかという「リーダーシップ論」を展開している本です。

まずマッキンゼーが採用者に求める能力とは

  • リーダーシップがある
  • 地頭がよい
  • 英語ができる

という言葉にすればごく当たり前の能力だと言うことです。 京大より東大の学生の方が,東大でも法学部より経済学部の方がマッキンゼー向きであるとかの話は面白い小ネタです。確かに現在の京都大学は大いなる「地方大学」の一つだといえるかもしれないとぼくも感じます。

リーダーシップについて医者や研究者にとってという自分の身近なところで少し考えてみました。

医者にとって

医者には「採用基準」などありません。圧倒的な「売り手市場」だからだと思います。医師免許を持っているのは当たり前の前提でそれ以外に何か基準があるのかどうかといえばぼくの職場ではそれ以外に何もありません。ぼくの職場以外のいわゆる「ブランド病院」には何かあるのかもしれません。 どれくらい何もないかといれば10数年前の話で時効だと思いますから書きますが,ある人物の採用にあたって「いくら腹が減っているからといって道ばたに落ちている腐ったバナナを拾って食べたらお腹を壊します」と某先生に進言したことがあるほどなのです。実際その人は採用されましたがしばらくして麻酔科医をやめました。 そのくらい売り手市場です。今でも本質的には何も変わっていません。

医者にも「頭のよさ」はある程度求められます。まず入学試験にある程度の競争があります。普通のコースをたどれば医学部を卒業することが医師国家試験の受験の要件なのでまず入学することが必要です。それは置いておくとして,生理学的,病理学的,生化学的,薬理学的な基本的な知識に裏付けされた「生命観」をもつことは医者に最低限求められると思います。いわゆる教科書をはずれるような病態に遭遇したときに原理的に考えて方向性を外さない対処ができる能力でしょうか。いくら麻酔科学の教科書や月刊誌を読んで「知識」をもっているとしても結局は生理学,病理学,生化学,薬理学における「基礎体力」がものをいいます。例えば,少なくとも筋肉・平滑筋の収縮・弛緩の基本メカニズムが解っていない麻酔科医がいるとすればこれは怖いとぼくは思います。病院実習にくる学生のレベルではここら辺について曖昧な知識しか持っていません。実は麻酔科の医者でも同じようなものです。

また頭の「よさ」とは別に「強さ」も求められますが医者にはちょとした「よさ」より持続する強さの方が重要だと思います。

若い先生はじつは「勉強好き」です。クセみたいなものでしょう。皆さん「優等生」ですから。これは最近の学会の様子をみても解ります。しかし自分の麻酔をどう変えたらよいかつまり今の自分たちの麻酔にどのような問題があるのかの把握無しに学会で聞いてきた「最新の」医療を自分もやりたいと考える傾向にあります。自分達の患者が手術後病棟でどれくらい痛がっていてその結果どのような結果がもたられているかについて客観的なデータを持たずに臨床を変えることはできません。末梢神経ブロックや心エコーを「する」ことは可能ですがその結果何が自分達の病院の自分たちの患者に何がもたらされたかについてデータがなければそれにどんな意味があるのかはわからないことになります。

英語力は医療行為を日本国内でする場合には大きな問題とはならないと思いますがオリジナルな教科書・論文を読まない場合他人に依存する割合が大きくなります。これをどう考えるかは個々人の問題だとは思います。ぼくらの学会では「文献整理」などという演題が存在します。物知りの人が演者に選ばれるようです。文献など50篇くらい読めば2時間でだれでもある程度の物知りになれます。

手術の遂行は一つのプロジェクトです。成功させる必要があります。どんな職種でも手術に関わる構成員はリーダーシップを発揮してプロジェクトに関わる必要があると思います。手術中・後ぶつぶつ愚痴をこぼす時間で外科系医師と十分議論すべきだと思います。実りある議論とするためにそのための方法論は必要だと思いますが議論をすることを禁止している訳ではありません。

本書でも書かれていますがリーダーシップは管理とは別の概念です。

管理者には

  • 管理能力
  • リーダーシップ
  • プレイヤーとしての能力

が求められるのですが管理能力とプレイヤーとしての能力が一定以上あるとリーダーシップなどなくとも管理者に就くことがある,ということです。

これは実はすこしハードルの高い話です。日本の大学では管理者など歳の順番に勤めているとしか思えません。適性や今までの実績など考慮されません。年長者が名目として「管理者」を勤めて実際は別の者が組織を実質的に動かすなどということもあります。「決める」権能は与えられないのに実際は「決め」ないといけないという妙な立場に置かれます。

しかもこのような「仕事」が正当に評価されることは滅多にありません。特に日本の国立大学病院では習慣によって「下」の者は職場に長くとどまることは許されません。ある程度すると肩たたきされて大学を去ります。逆に肩を叩かれるまで居座ることになります。これは大きな問題だと感じています。

基礎研究者にとって

  • リーダーシップがある
  • 地頭がよい
  • 英語ができる

の三要素は医者の場合より大きな意味を持つと思います。

研究室の運営にもリーダーシップが要求されます。

最後はprinicpal investigator (PI)が決めるとしても分散型の意志決定システムがないといろんな意味で悲惨な研究室となります。卑近な例を挙げれば培養器の二酸化炭素が切れたとかdeep freezerの温度が上がっていることを深夜に発見した場合とっさに判断して行動する必要があります。これも本書によればりっぱなリーダーシップです。 PIが売れっ子で研究室に余りいないような研究室ではそれなりの意志決定システムがないと研究室の生産性がガタ落ちとなります。 少なくとも研究の世界では何らかのoutput-普通は論文-がないと維持できません。成果が問われないならタダの遊びです。遊びの自由研究なら小学生でも中学生でもします。

英語ができるというのは研究者にとっては前提です。少なくとも読み書きが満足にできない研究者がPIとしてまともにやっていけるとは思えません。辞書を引きながら論文を読むのでは困るでしょうし,書いた論文原稿が他人に英文として理解できない程度であればそれはそれで困ります。

研究少なくとも実験生物学は泥臭い学問です。大腸菌を含む細胞を培養するなどの余りきれいでない作業を判で押したように毎回毎回同じようにできる事が前提です。「頭のよい人」にはこのような作業がばからしく思えるときがあるのだと思います。またある程度の妄想を抱く能力も必要です。自分の研究テーマの追究に何らかの価値を見いださないことには研究を継続することはできません。特に医者である場合基礎研究能力の有無など全く顧みられることはありません。つまり給料には何も反映されないどころかたぶん金銭的には損をします。大学病院であっても基礎研究をすることに何にか配慮をしてもらえると期待する事はそれ自体徒労に終わります。多くの局面で基礎研究は道楽で行っていると見られていると思います。こういう眼に打ち勝つ力も求められます。

基礎研究ができるかどうかはおそらく臨床能力の有無とは関係はないと思いますが基礎研究室を継続的に運営できる人は少なくとも

  • リーダーシップがある
  • 地頭がよい
  • 英語ができる

の能力がある事のシグナルとなるかもしれません。

人が数人集まる集団が何かプロジェクトを達成しようと思えばがそこではリーダーシップが必要なのだということを繰り返し説いた本です。

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」」とならびおよそ自分が知的な集団作業を行っていると思う人は読んでおいて損はないと思います。しかしKindle版は現時点ではありません。

佐藤優氏の「読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門」も読みました。こちらはKindle版。

本に限らず医者,研究者は論文を大量に効率よく速読ある場合には熟読する必要があります。佐藤氏とは分野も規模も異なりますが似たような方法論をぼくも採っているということが解りました。

そのような作業をする必要がある人は自分の方法論との違いを理解するためにも一度は読んでおきたい本だと思います。


「64(ロクヨン)」

「64(ロクヨン)」 これもKindle版。

すごすぎます。おびただしい数の新聞書評,雑誌書評ですでに取り上げられていますが。

どこにも隙がない完璧な小説です。一旦読み始めたら終わるまで本を置くことができなくなります。早晩映画化されるのだと思います。

「採用基準」「読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門」の世界とは全く別のしかし厳然と実在するリアルな世界。

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