「考える生き方」を読んで

On 2013/5/1 水曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

昨日と今日で結構進みました。

というわけで少し書いてみます。

 

考える生き方 空しさを希望に変えるために

finalvent氏が運営している「極東ブログ」というブログがある。 愛読しています。

finalvent氏が二月に「考える生き方 空しさを希望に変えるために」という著作を発表した。ブログの内容をまとめたものではなくそのものズバリの「人生」ー半生と言うのが正しのだろうがーが内容だ。

発売前からamazonで予約して到着と同時に一気に読んだが考えがまとまらずまた異動の準備も忙しくなって今に至った。

 

この本の「はじめに」の部分だけはネットで公開されていて誰でも読むことができるようになっている。(参照)

「四十五十にして聞こゆること無くんば、これまた畏るるに足らざるのみ」。

40歳、50歳になって世にその名が知られるようでもなければ、そんな人は尊敬に値しない、と。  それが私だと、40歳のときに思った。 孔子先生、いいこと言う。「畏るるに足らざるのみ」というのはまさに私のことだ。尊敬に値しない。自分はからっぽな人間で、からっぽな人生だったと納得した。  でも、同時にそれはそれでいいんじゃないかとも思えた。

ぼくがそのような事を考え始めたのは5年ほど前からだ。

今回の異動の原動力も「それ」だ。前の職場は、畏るべし後生が運営すればよいと思った。実際現在の職場もそうなっている。何もぼくのような「失敗者」が皆に後ろ指をさされながらやる必要もないとその時は本気でそう思った。自分は、田舎者で都会の進学校を経てきてるような人たちとは全く違う人種なのだと常々思っているという事もある。

自分が「負け組」だというようなことは特に考えた事も無いが「勝ち組」だとは全く思わず「40歳、50歳になって世にその名が知られるようでもない」ことは明白だと思った。

新聞に載るような研究もできないのに何で他人に理解されないような研究を続けているのかと家内に問われて答えに窮する。 実はぼくは朝日新聞の一面に名前が出たことが一回だけあるのであるがそれは恥ずかしいので余り他人には言わないことにしていた。息子ー個人でなく集団でーはNHKの朝の7時のニュースと三大紙の社会面を制覇したことがあるのでいつも馬鹿にされる。

留学後に就職した研究所を辞めた理由の一つも「それ」だ。直接的な理由は別にあって親しい知人はそれを知っているのだが準公共のスペースで書くようなことではないので書かない。

ー国立大学で時間外勤務をしてまでもらっていた給料とほぼ同じ給料を時間外勤務を一分もせずにもらえていたのに惜しいことをしたなと今でも惜しいと思うことはあるー

 

「せこく」二足のわらじを履き続けているぼくに「まっとうな道に戻る」ようにアドバイスをいただいたこともあるが結局、臨床も研究もやっている。

研究といってもぼくは専らに基礎研究を行ってきた。 臨床データをまとめた「研究」を行う事もあるが患者さんに条件を割り振って行う研究は行わないことに決めている。ぼくの個人的な考えではそれは臨床医にとって外道だ。「何をいうか。だから広田はだめなんだ」という反論はあるだろうがこれは信念なので特に議論をするつもりもない。実際だから「失敗者」で留まっているのだろうと思っている。

しかし学会で話すための研究の材料にされたのでは患者が可愛そうだとぼくは思いますよ。というかぼくならお断りです。

また解りきっていることや他人が見つけたことをしたり顔で学生の授業はともかく公衆に向かってしゃべったり書いたりするのも気が引ける。さすがにそれだけは避けたいという妙な自尊心がある。だって恥ずかしいですよ、実際。

 

以前に書いたことがあると思うが、ぼくは劣等大学院生だった。そもそも大学院入学と同時に教授に「破門」されてしまった。博士号も5年ほどかかってやっと手に入れた。頭のデキが違うのだということをその時に思い知った。 とはいえ当時の分子生物学・細胞生物学というのはまだまだ牧歌的な要素が残っていて「思いきって振り抜くとバットにボールが当たって結構飛んでいく」というようなことがあっておそらくそんなことで今まで生き残ってきたのかも知れないがそのような僥倖は学問的には本質的なものでないので先が見えてしまった。

それでもいままである程度納得のいく成果をいくつか挙げることができて、研究人生は無駄なものではなかったと思えるのは幸いである。

しかし、いくら新聞に出るからといってカメの遺伝子やスッポンの遺伝子を解析するのはぼくは嫌です。これは譲れません。

 

医者になった動機はともかく医者としては少なくとも世間様に顔向けができないような生き方はしてこなかったと思う。研究より臨床優先でやってきた。最新の知識も自分なりの方法で集めているし特に世の中の平均的だとぼくが考える医者に劣ることはないと信じている。

というわけでこれからの人生をどうするのかといまさらマジで考えても仕方ないので流れに流されていくしかないと思っている。

というような事を「考える生き方 空しさを希望に変えるために」を読んで考えた。

 

“Your Medical Mind”

Groopman氏の”Your Medical Mind”の翻訳が出ているのを知って値段を見てやめた。高すぎます。(参照)

結局Kindle版で昨日から読み始めた。現在50%くらいでKindeのご託宣では読み終わりまでに残り3時間ほどだそうだ。

Groopman氏などはあふれる才能を持って社会的な名声も持っている成功者なのだろうなと思う。

 

finalvent氏に影響されてこれ喰いましたよ。

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