当直です。シャワーを浴びてOS-1を1L一気飲みしたら冷えてきました。

カメラロール-2114

芥川賞が昨日発表になり何かと話題となっています。
受賞者の一人円城塔さんは東大の博士課程を出た後各種ポスドクを経て作家になったのだそうです。知りませんでした。
伊藤計劃さんといつも混同してどうして無くなった人が芥川賞をなどとアホなことを考えてしまいました。

円城さんが日本物理学会誌の「”ポスドク”問題」というシリーズに投稿した「ポスドクからポストポスドクへ」という文章をネットで拾ってよむことができるとネットで知り早速読んでみました。

建設的な意見とは思いませんがおもしろいです。作家は建設的な意見をだす必要はないと思います。(”専門は法螺吹き” とはこのエッセイの最後にご自身で書かれていることです)

円城さんはポスドクをやめたときにお母さんから「お前が研究者をやめてくれて心底ほっとした」と言われたのだそうです。
ぼくも家内から「一刻も早く研究をやめて医者として人間としてまっとうな道を歩む」ように何度も勧告されています。顔を見るたびに言われるのでそうするのが正しい道であるかのように思えるときもあります。
ぼくらのポストも常勤とはいえ一応の期限は付いています。5年でお終いのはずがいつの間にか延長になっていたりはしますが…
しかし,この世界の習わしでいつ何時「君もういらんわ」といわれて放り出されるかもしれません。その意味でぼくらも少なくとも研究者としては「ポスドク」と同じ身分と言えるかもしれません。大学の臨床講座で教授にならずに定年まで勤めあげるということには相当の胆力が要求されますし実際には無理です。手に職があるので大学を出ても食べていくことは可能であるという救いはあります。
そもそも研究しない人が大学にいる理由もないのですがそれでも妙に大学が好きな人はいるのです。これはいまでも理解不能です。
こういうことを書くとますます出世しないのですが時々こういうことも書きたくなります。

もう一人の受賞者の田中さんのインタビューも全文が掲載されています(参照)。文壇って学者の世界と一緒でちょっと魑魅魍魎の住む所っぽいですよね。ちょっと怖い。

IMG_1812

PLoS Oneに“Brain Training Game Improves Executive Functions and Processing Speed in the Elderly: A Randomized Controlled Trial”というタイトルの論文が出ています。任天堂のDSソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の効果を検証した論文です。
いろんな見方があると思います。
各群n=14の検討で何か言えたのかと批判的にとらえる人もいるかもしれません。確かにこの程度の数では某学会の学芸会レベルの発表とかわるところがないとも言えます。
信じろといういう方が無理筋かもしれません。
論文の解釈には”Critical appraisal“が必須です。ある論文の結果を新聞や abstractだけよんでまに受けて次の日から臨床で試してみるというようなやり方はまともな医者がすることではありません。


PDF
Tagged with:  

年末から新年に書けてネットで随分とたくさんの議論が行われてきた某問題ですが,このブログエントリーで議論がよく整理されていると思いました (参照)。

  1. 大学教員(研究者)になる=応募者の中で絶対に1番になることであり、絶望的なぐらい困難で覚悟の要る挑戦
  2. 大学教員公募を勝ち抜くのは大変だし、ノウハウも要る
  3. 就活競争激化によって競争原理が働き、近い将来日本のアカデミアは優秀な研究者だけが残るはず
  4. (3.への反論)むしろ過当競争激化によって優秀な人材のアカデミア敬遠が進み、明るい未来は期待できない
  5. (1.の補足)大学教員公募には様々な表面には出て来ない選考基準がある上に、「大学教員になるためには大学教員であるという経験が必要」という実務経験重視主義があるため、一番最初に大学教員になる際のハードルが最も高い

一般的なポスドク問題とこのような状況はすこし原因も対処も異なるのでは無いかという気もしますが当事者にとっては厳しさは同じなのでしょう。
京大でもいわゆるテニュアトラックの教員募集には驚くほどの応募があるのだそうです。そう思うと皆さんすごく賢そうですね確かに。

IMG_1973

こういった議論を目にするといつも思うのは所変われば事情も大きく変わるのだなということです。
医学部の臨床系の講座では基本的にはこのような問題は生じません。
たとえば卒後4・5年目で博士号はおろか当該科の専門医資格も無くとも「助教」になることが簡単にできます。
そもそも博士号でさえ週に数日”研究”することで取得できる場合もあるようです。
「助教」は「助教」ですから研究費の申請も可能であり,ある程度の金額の研究補助を受けることができれば自分の身の丈にあった研究生活を続けることは十分可能です。学術振興会の研究費の若手区分であればpublicationなど無くとも採択される可能性は十分あり消耗品の費用を賄うことができれば総合大学であれば必要な測定機器は学内のどこかにあるはずなので頭を下げれば使わせてもらえることがほとんどでしょう。
ぼくらの所属していた講座では大学院を終わったくらいでないと当時の「助手」-文部教官でしたーには採用してもらえませんでしたが,大学によりそのような制約が無いのは確実です。専門医資格も無く「助教」になるのですからそういった制約は現在でも無いのだと思います。
現在でもぼくの職場では「助教」のポストには公募が行われることがあり選考委員会が開かれますが競争率が100倍などということはありません。多くの場合准教授の選考でも競争率は2倍です。

カメラロール-1974

ぼくの場合,大学院の終わりくらいから他人のアイデアで実験をしたことはほとんどありません。例外はGLS研に滞在した期間の一部の研究だけです。
当然研究費は自分で取るしかありません。麻酔科の助手に奇特な誰かさんが大きな予算をつけてくれるわけではありません。日本学術振興会の研究費を取って研究を続けるしかありません。どこかのエライ先生方が審査をしてくれるそうですが自分の感覚では種目を限れば結構当たります。年に1千万程度の資金をコンスタントに集めることができれば3−4人の大学院生と研究を続ける事は十分可能です。もちろんそんな小さなお金ではポスドクなどを雇うことはできません。というわけで今まで10人の大学院生に学位を取得してもらいました。
研究で一番大切なのは質のよい「大脳皮質」であり,たぶんぼくの頭がすばらしければこのような環境でもすばらしい論文を出し続けることは可能なのでしょうが,なかなかそううまくはいきません。
それでもぶらぶらと道草を喰いながら歩いていれば500回くらいの引用回数を記録する論文を出すことは可能です。
当該研究分野の研究者なら当然全員その論文を読んでいるに違いないという論文をぼくはごく控えめに少なく見積もって4編は出したと思っています。
それくらいで満足する以外に術はありません。

ぼくにとっては今までの研究人生はこれでなかなか楽しいものでした。

全員がNature, Cell, Scienceに論文を出すことはできないし出す必要もないのです。

というわけでどこでもいいので臨床講座の助教になってみるのはどうでしょうか?
なんていうとバカにするなとかいわれそうですけど世の中の制度に不備がある状況でしかしあくまで現行制度で研究生活を継続するためには戦術を考える必要はあると思います。まず自分の研究室をはじめる,それが先決です。

カメラロール-1987
御大がこんなtweetをしておられました。
御大レベルでもとおもいびっくりしました。ぼくなどもちろん誰もカレンダーなど持って来てくれません。
それでやはり御大です。tweetすればちゃんと届けてくれる人はいるようです(参照)。


PDF
Tagged with:  

昨日の見事な夕焼けから一転深夜から雪になりました。

http://farm6.static.flickr.com/5138/5491530570_42d40e0785_m.jpg

Natureのサイトに

Give postdocs a career, not empty promises
というタイトルのエッセイが出ていたので読みました。
まさにおっしゃる通りです。
実は,ぼくは,ポスドクをしたことがありません。
大学院を出るとすぐに助手にしてもらい研究面では独立しました。だれにも何にも言われなかったし逆に誰かにアイデアを頼ると言うことも出来ませんでした。少額ですが研究費も取って一人でやっていました。
この時期はよい論文(引用回数100回越え)を何編か書きました。

当時の恩師に「このままではお前はダメになる」と予言されて留学しました。留学してぶらぶらしていたら日本の某研究所の主任研究員にしてもらいました。留学中は午後5時以降に研究室に残っていたことはありませんでした。FIH-1も単離していたしAdCA5も作ったしこれまた結構引用回数が多い論文がいくつかできました。研究所への就職はコネがすべてだったような気もしますが業績もあることはあったと思います。
でも訳あって,一年半で某病院に移りました。組織上研究所の附属病院で研究をすることが奨励されていたので研究も続けてここでも自分として面白い研究をまとめることができました。収入は研究所時代に比べて減って家内に罵倒されました。
でもこの時期はとても楽しかったです。

しばらくして大学に移り今に至ります。もう6年です。普通これではいけないと思うくらいの長さです。
結局自分のやりたいことを出来る範囲でしてきただけなのですが,職に困ることもなく研究費も研究の遂行には何とか間に合う程度を自分でまた時には廻りの先生に助けてもらって得ることができました。

教科書に載っている業績もいくつかあるし自分では十分満足できる研究者人生ですーでした?−。

一方巷では次の職を探すポスドクであふれているようです。

こんなエントリーがありました。(参照:ドクター・ポスドク問題その後(完):ついに自分が「当事者」になった

なんとかしてやりたい気持ちもありますがぼくではどうも出来ません。ぼくが今の職を辞めてもその分が職がない人に当たるわけでは無いわけです。

Give postdocs a career, not empty promises

です。これって確か以前に御大が唱えていた考え方と同じだと思います。何も正規職員が偉いわけではありません。何が何でも PIになる必要もありません。

なったらなったで,したくない雑用も山の様に降ってきます。

会議に出るどころか会議を主催しないといけないときもあります。粗相をしたものの代わりに謝りにも行かねばなりません。自分が儲かるわけでも何でもないのに他人の稼ぎの心配をしないといけない場合もあります。

ぼくは大学を出たといっても医学部ですので基本的には職業訓練を受けたのです。
臨床系の授業にはほとんどでませんでしたー麻酔科の授業も出席0時間でしたーが卒業できました。
国家試験は半年はなかりまじめに勉強しました。
でも出身大学を卒業したからといって金銭的に得をしたことは多分ありません。
一方研究の面ではずいぶん得をしたのかもしれません。よその大学を卒業していたら大学院の時にお世話になった先生の所にはいか無かったと思いますしその後の研究者人生はずいぶん変わったものというより無かったと思います。結局総体的には京大を出て少しは得な研究者人生だったのかもしれません。

でも,何が何でも京大に入る必要ももちろんありません,医者になるのなら。他の業界は知りません。もしかしたら卒業どころか入学するだけでとくするのかもしれません。しかし,例の事件皆がいろんなことを言いますね。よっぽど悪い体験をしたんだろうな受験で。

同じくNatureで

Epidemiology: Study of a lifetime

Nature 471, 20-24 (2011) | doi:10.1038/471020a

これはすごい。こういう研究の重要性をきちんと認めて研究者のサポートをする仕組みがあったわけですごいです。

http://farm6.static.flickr.com/5133/5493817001_22b72bb819_m.jpg

時計台

日本経済新聞で建築家の安藤忠雄さんの「私の履歴書」連載が1日から始まっています。

テレビでも何度も取り上げられている今や日本を代表する建築家の一人だと思います。昨年には文化勲章を授章されました。

彼のドキュメントを以前に見たことがあります。

事務所の1階の出口付近に陣取り東大や京大を出た建築家を罵倒している姿が印象的でした。安藤事務所に入ることが出来るのですから未来が嘱望されている若者だったのしょうがケチョンケチョンです。あれくらい院生を罵倒したことはありませんが研修医はあれくらい罵倒したことはあります,実は。来年度も研修医に忌み嫌われる指導医になってやろうと思っています。

さて,本当にビックリしたのは彼のハーバード大学でのセミナーの様子を見たときです。大勢の聴衆が集まっています。どんなに上手に英語を話すのかと思っていたらやおら日本語で話し始めたのです。少なくとも生命科学の世界でハーバード大学で日本語でセミナーをすることを許される人がいるとすれば今上天皇と秋篠宮殿下だけでしょう。安藤さんはそれがOK。心底感動しました。

英語がどうのこうのというのはこのレベルの人には通用しないのです。日本語で全然OK。

http://farm6.static.flickr.com/5213/5485119664_7b4b45096e_m.jpg

某論文のrevisionは順調に進んでいるようです。派生するいろんなものが得られたよいプロジェクトだったと思います。
某臨床研究の原稿ももうすぐ finish。

最期に
CDCから
Vital Signs: Central Line–Associated Blood Stream Infections — United States, 2001, 2008, and 2009
なる報告が出ています。
ホントならすごいね。というか本当なんだろうな。

追記:読み直したらつながりがおかしいところがあったので修正しました。風邪の余波だということで。


PDF
Tagged with:  
madeonamac.gif Creative Commons License