AJACSa6河内
AJACSa6河内が明日(2019/07/25)に職場である関西医科大学(大阪府枚方市)で開催されます。
内容はここからご覧いただけます
参加受付は締め切っていますが午前中のセミナーは関西医科大学の大学院講義を兼ねていますのでどなたにでも参加していただけます。
登山会コンパ
先々週の日曜日、大学の時に入っていたクラブの新入生歓迎のコンパが京都であったので出席してきました。
ぼくは「登山会」の部員だったのです。
OBの参加はぼくと現在同じ職場の乳腺外科の先生でそれに現在部長をしていただいている京大の皮膚科の椛島先生が参加してしてくれました。 全員で20人ほどの程よいコンパでした。とうとう女子部員がゼロになってしまったそうです。
場所は登山会では定番の「天寅」。
30年前に開かれたコンパの時の寄せ書きの色紙と写真がいまだに掲示してありました。懐かしくて思わず何人かに写真を送りました。
職場には「登山会」ではなく「ワンダーフォーゲル部」があります。こちらは半分は女子部員で活動も楽しいです。
「日本社会のしくみ」を読みました
「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」を読みました。
「社会のしくみ」=「日本型雇用」は、なぜ誕生し、いかなる経緯で他の先進国とは異なる独自のシステムとして社会に根付いたのかを
論じた新書です。
女医問題や無休医問題も日本の社会のしくみの反映なのだから部分的に「矯正」しようとすると逆な歪みが出ると思うし現実に歪みが出ている。
メンバーシップ型からジョブ型への移行は一気に進む訳ではないからしばらくは混乱が続くのだと思います。
医療の世界、少なくとも医者の働き方はジョブ型への移行は可能だしこうでもしないと現実に女性医師が4割を超える今後は無理だとは思う、とぼくが言ってもあまり説得力はないのですけど。
島根大学で裁量労働制で働く教員の深夜や休日の研究活動について割増賃金を支払っていなかったのは違法だとして、労働基準監督署から是正勧告を受け、およそ200人に合わせておよそ9000万円の未払い賃金を支払っていたことが分かりました
という報道がありました。
これには結構驚きました。 法的にはそうなのだろうけどこんな事が実際に認められるのかという驚きです。
職場の何人かの基礎系の教員とも話したのですが、全員、こんな事になれば逆に早朝、土曜日と日曜日に実験をしようとしても大学にロックアウトされちゃうんじゃないかと心配してました。
この辺医者の世界とは大違いです。
上記のように医者は完全に普通の労働者になったのですが研究者はまだまだ労働者になっていないというかなれていないのかもしれません。
この違いがどうして生じているのかはこれ自体すごく興味のある問題だとは思います。
日本の研究制度
日本神経科学学会の最終日に「ランチョン大討論会」のテーマは「次の20年にどうやって脳科学にブレークスルーを生むか?」なのだそうです。
若手PI企画によるプレゼン資料が公開されています。ここでいう若手研究者の皆さんは普通の若手でなく有望な若手研究者の皆さんだというのはこの資料を読むときに頭に置く必要のある事だとは思います。
数日前に朝日新聞の山中伸弥先生へのインタビュー記事が掲載されました。
(インタビュー 新時代・令和)分水嶺の科学技術 京都大学iPS細胞研究所長・山中伸弥さん
少し引用します。
――研究者を魅力ある職業にすれば、優秀な若者が増えますね。
「ただ目利きが難しいのです。大きな可能性がある研究者かどうかは、短い申請書ではわからない。過去の業績は評価できても、新しいアイデアや人となりは評価できません。しっかりした人は5年間成果がなくても支援する価値があります。研究には作法があります。失敗や予想外の結果もしっかり記録に残して解析している研究者であれば、その繰り返しにより驚く成果がでることがあります。そういった努力は書類だけではわからないので、組織が日常的に客観的な評価をしないと、埋もれている才能を発掘できません」
「例えば大学院生の時に有力科学誌に論文が載った人は、書類上は素晴らしい評価となります。でも運良く研究室が蓄積した成果が出る時期だっただけかも知れない。地味な雑誌にしか論文がなくても、きちんとしたビジョンを持ち、自らアイデアを考え、実験した成果がある人の方が、将来活躍する可能性が高いのです」
「5年間成果がなくとも」ない研究者が生き残るためには、確かにある個人がその個人を評価して擁護するという「しくみ」がないとこれは不可能だと思います。
一方、日本だと業績のimpact factorの「和」で研究能力を評価するというような習慣がまだまだあります。
多分この記事を受けて
よく考えたら日本の伝統的な講座制って、PIに一度もなったことない人にいきなりテニュアあげるわけだから、すごいシステムだよね。いいPIになるための素質はいい研究者になるためのそれと違うのに。誰か有名ボスのもとでいいジャーナルたくさん載せてもPIの素質と何も関係ない。
— secret (@secretofang) July 21, 2019
こんなtweetをされた方がいました。
一面の真理があると思います。
北米式の「しくみ」だと、assistant professorはすでにPIです。 ここからassociate professor, professorと進む過程で研究成果を積み上げていくのでprofessorになれた段階ではある程度の業績を出すことが「保証」されているわけです。
ところが日本の伝統的な「しくみ」ではそうではありません。 伝統的な講座制では助教、准教授は教授の「番頭さん」として振る舞い「業績」を積み上げていきます。そこから教授になる訳ですがその段階では北米式のPIを経験していない。山中先生の表現を借りれば、「例えば准教授の時に有力科学誌に論文が載った人は、書類上は素晴らしい評価となります。でも運良く研究室が蓄積した成果が出る時期だっただけかも知れない」 という場合もある訳です。もちろんその准教授さんが主導的な役割を果たしたのでしょうが北米型のPIとしての業績ではありません。
教授になって初めて研究室を立ち上げたという人も結構たくさんいます
日本のやり方が悪いとは言えないと思いますが国際化を標榜するためにはこの制度は障害になっていると思います。
boseのQuietComfort 20を愛用していたのですが完全に断線してしまいました。
「修理」に出すと15000円で新品と交換してくれるはずなのですが今回ばかりはどうしたものかと考えています。
いっそヘッドフォンを買おうとかとも思うのですがいい歳をして電車でヘッドフォンをしているのもどうなんだという気がして躊躇しています。
どうせ誰もぼくのことなんで見ていないよとは思うのですが…