書評: 「RAW DATA」 を読んで

On 2020/3/28 土曜日, in book, Net Watch in Science, by bodyhacker

RAW DATA(ロー・データ) (PEAK books)(羊土社)を読んだので紹介します。

羊土社がはじめた”PEAK books“レーベルの一冊です。

他に「すこし痛みますよ」(This is going to hurt)などもすでに出版されています。こっちは英語で詠みました。

RAW DATAですがKindleで英語版を買おうとしても円で邦訳を買った方が安いという大サービスです。

 

まず出版社のサイトの要約です

EMBOJournal元編集長が研究の光と影をノベライズ。 研究の喜びと不正の本質に迫る、カレンとクロエの物語。 4年かけた研究成果が有名雑誌にアクセプトされ、バラ色の未来ヘ歩みだす若手研究者クロエ。 同僚として祝福しつつ、少しの嫉妬心、なによりも自分の実験がうまくいかないことへの焦りが募るカレン。

ふとした偶然からクロエ論文の齟齬が明らかになり、ラボは騒然となる…。 研究の喜びと不正の本質に迫る、科学者としての生き方を描いた小説。 内情を知る、学術誌EMBO Journalの元編集長ならではの視点と巧みなストーリーで、「科学者として譲ってはいけない一線はどこか」を読者一人ひとりに問いかける。

ある架空の論文の出版にまつわる研究不正を巡る小説です。著者は自分が見聞きした様々なエピソードを投入していると思いますが実際の研究不正事件を元にして書かれているわけではないと思います。一応ストーリーがある小説なんでネタばらしは控えておきます。

研究といってもぼくが関与してきた分野は今では生命科学とひとくくりにされる分野です。 純粋な()医学と比較すれば論理的な推論を用いたりする分野でだとは思いますが数学や物理学などと比較すると「決定的」ではないと思っています。

3.11の福島第一原子力発電所事故でさえ解釈はさまざまでも放射性物質とその放射線量は物理学的な手法に基づきカウンターを用いて計測できたわけです。一方今回のコロナウイスルはその物理学的な存在でさえ感度・特異度などの議論に埋まって確定できないという有様です。

細胞を用いた実験結果は往々にしてヒトやマウスを含む個体で同じように適応できるわけでないしマウス個体で正しいと思われる結果もマウスのストレインが異なればたちまちあいまいになりヒトでは正反対の結論が導き出される場合もあります。マウスの疾患を完治させられる「療法」が見つかったとしてヒトの同様な疾患-これとてマウスとヒトではどこまで似ていて違うのかさえあいまい-を完治させることは稀であると言うことができます。

この様に生命現象を扱う生物学、医学を含むライフサイエンスには原理的な不確定要素があるという事情もあると考えています。

この小説はこのようなライフサイエンスの現場を活写して読者に研究とはどのような営みなのかについて最高をいう試みです。

展開は起承転結を含めてかなりベタです。しかしそれ故、ライフサイエンスの研究者が読めば、研究者の何気ない発言や行動様式があまりにも微に入り細に入り描写されていることに驚くと思います。 別の観点でからいえばこれからライフサイエンスの分野に入門しようと思っている学生には研究者の日常を知るよい資料となります。皆さんはこれからこんな感じの日常を送るのです。

 

不正がどのような影響を後生に与えるのかは予想が不可能です。多くの研究不正は何のインパクトも世界に及ぼさずに消えていきます。研究論文の5%しか作成していない日本人が、撤回論文が多い研究者上位10人のうち半分の5人を占めるそうである。第一位と二位は麻酔科医だ。二位の麻酔科医の不正が明らかになったとき前後でメタアナリシスの結果が変わったという論文がいくつか出版さたのを覚えています。とはいえ、これらの論文が消えたかといって生物学の根幹が揺らいだということはないし、このように論文はタダ消える場合がほとんどです。(参照1, 参照2)

厄介な問題は研究不正と見なされる行為の結果publish(世の中に公知の事実として告知すること)された現象なり法則はそれがpublishされた過程に不正があったという事実だけでは真偽が確定できないという事実です。

真偽が確定できないという現象は意図的な不正でなくとも起こります。これらを含めて再現性の問題と言うこともできます。

 

しかしここで考えたいのは研究倫理とか再現性とかそのような問題ではありません。

ここで抑制性T細胞の話を持ち出そうと思います。

ぼくの研究上のメンターである淀井淳司先生が、ある会の後の雑談の席で、その場にいた研究者に体して、抑制性T細胞(Ts)について必死に弁護していたのを横で聞いていました。

淀井先生がTsをあのような観点から観ていた事に驚いたし多田先生をそれだけ尊敬していたと言うことにも感銘を受たのでTsについては生物学的な興味とは別の興味を持っていました。

制御性T細胞を同定された坂口志文先生が以前にこう書いておられました。

獲得免疫反応をもつある種のT細胞が、頃合いを見計らって免疫反応を終了させるのだという理屈です。1970年代後半には盛んに研究されていましたが、どうも実体が見つからない。それどころか分子生物学的にありえないとわかり、論議は雲散霧消してしまいました。

しかし、何らかの制御するT細胞が存在しないと、どうしても免疫反応を説明することができないのです。何か制御する細胞があるはずです。その信念で、細々と研究を続けていました。

一旦は消えてしまった「獲得免疫反応をもつある種のT細胞」をその考え方を否定するのでなくそのような役割をもつT細胞があるとすればという仮説を頭の隅においての研究の過程で、坂口先生方は制御性T細胞を同定されたのだと思います。

日本免疫学会は学会が発行するNews Letter上で

特集「抑制性T細胞:過去と現在」にあたって

という特集を2003年に組みました。

その特集は

  • 抑制性T 細胞:過去と現在:多田富雄
  • 外から見たT sの世界歴史は繰り返す:石坂公成
  • 抑制性T 細胞と臓器移植:奥村康
  • 抑制T 細胞:谷口克
  • サプレッサーT細胞研究雑感:浅野 喜博
  • 何故,今,制御性T 細胞なのか:坂口志文

というラインアップでした。

子安先生がイントロダクションを上手くお書きになっています。

現在でも読むことができます

まず一読をお勧めします。

獲得免疫反応をもつある種のT細胞はつまり”Suppressor T cell(抑制性T細胞)という言葉はRich- ard Gershon,L.A.Herzenberg, そして私などが顔を寄 せ合って真剣に議論して決めた.それまで私はR e g u l a t o – ry T cellと呼んでいたが,Helper T cell も調節性T細胞 ではないかというもっともな意見から,サプレッサー T 細胞(T s )が用語として採用された”そのSuppressor T cell(抑制性T細胞)であろう。

抑制という現象は多くの人が気づいていたが,それが T 細胞によることが分かったのは,1 9 6 9 年のことである.

この特集の主人公は制御性T細胞(Treg)ではなく、Suppressor T cell(抑制性T細胞)つまりTsです。

先のエッセーで坂口先生が「獲得免疫反応をもつある種のT細胞」などと奥歯にものが挟まったようないい方をするには理由がありました。

■T s の異端審問

1990年代になると突然suppressor age は幕を閉じた.現象論だけが賑殷をきわめ,当時やっと可能になった分子的解析が欠けていたことによる.特にI-Jや抗原特異性の謎があった.過激な議論に「T s は存在しない」というのがあった.陰湿な異端審問的な論調に,私はある国際誌で”eppre si muovo!”(それでも地球は動く)というエディトリアルを書いたことがある.ガリレオガリレイの言葉である.私の恩師岡林篤教授は,「自分の眼で見た物だけを信じよ.ゆめゆめ疑うことなかれ」と口癖のように言われたのを実行したまでだ.

という記載のような運命をTsはその後たどることになったからです。

医学部の病理学の授業で非常勤講師として出講されていた奥村先生にTsの電子顕微鏡写真を見せられた時のことはよく覚えています。

私は Ts が生き延びて revival を迎えたことに満足しているが,残念なことに,日本の免疫学者たちは Ts が 流行らなくなった途端に,それまで自分たちが p r o u d していた筈の領域を容赦なく切り捨ててしまった.私は その背景は知らないが,こういう歴史は二度と繰り返し てもらいたくないものである.

石坂公成先生の「Ts が生き延びて revival を迎えた」という認識は何らかの波乱を含んでいると思うけど、「日本の免疫学者たちは Ts が 流行らなくなった途端に,それまで自分たちが p r o u d していた筈の領域を容赦なく切り捨ててしまった」という内容には気を止める必要はあると思います。

「Raw Data」の帯には池谷裕二先生の以下の様な惹句が印刷されています

不正、虚勢、焦燥、欺瞞、背徳 ――研究者の実態があまりにリアルに書かれていてハラハラしながら読み進めた。そして最後に本を閉じたとき、改めて「研究は美しい」と感じた。多くの人に研究の本当の現場を知ってもらいたい。

2003年にこのような特集を組んだ日本免疫学会はこの当時輝いていた。

この小説結構ベタなオチがついているのですがそれを示唆したくてこのようなネタを書いてみました。

 

ぼくはある経緯で大学院生活を活性酸素種(ROS)が細胞内シグナルのメッセンジャーであるという仮説を検証していた研究室で過ごしました。研究室には過酸化水素で細胞を処理するとある蛋白質のリン酸が特異的に亢進するとうような研究を行っている人もいました。ある種の脱リン酸化酵素が過酸化水素で失活してその結果リン酸化の亢進が観察されるなどあたり前の現象だと今では思われるけど当時はそうでなかったのです。学会や班会議でこのような結果を発表すると「お前たちは過酸化水素の生物学をやっているのか」などと誹謗中傷を受けました。バカ扱いです。結局このようなレドックス制御がリン酸化・脱リン酸化とならぶ細胞内シグナル伝達の原理だと世間に認められる様になったのは20世紀が終わる事だったと記憶しています。

その後留学先で低酸素の研究を手がけました。HIF-1の遺伝子単離にはぼくは参加しなかったのですがその後の酸素センシング機構の解明はつぶさにその進展を観察できました。この過程で仮説としては素晴らしく論文としても完璧というような論文の内容が再現できず結局は仮説ごと消えていった-どころがリトラクトされた-とものもあるし、その思想なりは立派に生き残ったという論文もありました。

RAW DATA(ロー・データ) 研究室に一冊そろえて是非お読みください。Kindle版もあります。


PDF
Tagged with:  
madeonamac.gif Creative Commons License