某年中行事に片をつけたあとは学会にも行かず手術室(麻酔)と研究室(今月は実験を諦めて論文執筆)を行き来だけしていました。 これが一番効率が良いわけです。

とはいえ、学内では結構いろんな活動をしていてかなりの時間話したりする機会が複数回ありました。

今後も基本的には内向きの活動を続けていこうと思っています。


本「フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男」

少し前にMatt Ridley によるフランシス・クリック博士の評伝”Francis Crick: Discoverer of the Genetic Code“の邦訳「フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男」が出版され新聞各紙で書評が出ていました。英語版は2006年に出版されていました。ぼくはKindle版が出た時点で英語で読みました。ちなみにクリック博士は2004年に死去しています。

クリック博士というとDNAの二重らせんモデルの提唱が有名ですが彼がなした最大の業績は遺伝子暗号の解読だとぼくは思っています。

そこら辺の記述に大きくスペースを割いた興味深い評伝だと思います。

日本経済新聞には 長谷川 英祐さんの書評が掲載されていました。

科学とは、仮説の提示とその検証によって進む。そこでは、まだ誰も気づいていない事実を見通し、的確な仮説を見いだす能力が必須である。同時に、証拠から仮説の正しさを検証する。この繰り返しで科学は進むのだ。クリックは、まだ見えない真実を説明する仮説を考えだす能力に秀でていた。そしてそれを産み出すことの知的興奮こそが、彼を科学に駆り立てる原動力であった。

とあります。

第五章は”Triumph“というタイトルです。Watson & Crickが例の二重らせん構造に到達した自分を記述した章です。

Watson either could not or would not get the point, so while Watson was playing tennis one afternoon. Crick rebuilt the model himself and left a note on it: “That is it– 36 degree rotation.” This was as close to a “eureka moment” as they had had, and it was all Crick’s.

この”eureka moment“について長谷川さんは

正しい仮説を思いつく瞬間は「ユーレカ・モーメント(わかった! と思った瞬間)」と記述されているが、これが訪れる瞬間のために科学をやっているというのは、自身の経験を顧みても、真実である。いや、むしろ、そのためではなく科学をやっているというならば、何のためなのか理解できないほどだ。

と書いています。全面的に賛成します。

第7章は”Brenner“というタイトルでSydney Brennerと出会い遺伝暗号の解明の仕事にとりかかった当時のクリックを描いています。

二人がいる研究所にJacobがやって来てセミナーをするのですがその折りの描写が次の通りです。

He found a sceptical audience. ” Francis and Sydney made me take a veritable examination! With questions, critisms, comments. A pack of hounds racing around me nipping at my heels.” Jacob held his ground. He described new evidence that very soon after a gene was deliberately destroyed by the decay of radioactive phosphorus, protein manufacture ceased. Then suddenly Brenner let out a “yelp”. He began talking fast. Crick began talking back just as fast. Everybody else in the room watched in amezement. Brenner had seen the answer, and Crick had seen him see it.

クリックは後にその時のことを

Crick later wrote of the moment of insight: “It was so memorable that I can recall just whrere Sydney, Francosi and I were sitting in the room when it happened.

とどこかに書いていたのだそうです。

これも「ユーレカ・モーメント」ですね。

その後ノーベル賞を受ける訳ですがその居りにカードを作って皆に配ったのだそうです。

Dr F. H.C Crick thanks you for your letter but regrets that he is unable to accept your kind invitation to:

Send an autograph

Provide a photograph

Cure your disease

Be interviewed

Talk on the radio

Appear on TV

Speak after dinner

Give a testimonial

Help you in your project

Read your manuscript

Deliver a lecture

Attend a conference

As as a chairman

Become an editor

Contribute an article

Write a book

Accept an honorary degree

とそのカードには記載されてあったそうです。

Francis Crick: Discoverer of the Genetic Code”は日本語版でもよいと思いますので一読をお勧めします。


本 “Ending Medical Reversal”

Ending Medical Reversalという本が出ていたのでのKindle版を入手しました。

まだ半分くらいしか読んでいませんがこれは医学部の授業で使ったら良いような良書ですね。

Medical Reversalというのはつまりこういうことです。

以前に書いたこともありました。

 


 

本「京都ぎらい」

京都ぎらい」 も読んでみました。

ぼくは高校を出て京都に住み始めて滋賀県の病院に勤務していた3年間以外を除いてかなり長い期間京都に住んでいましたがまったく京都を理解できていません。 大学・病院と自宅を往復するだけの生活でしたから。 大学は京都の論理とはまったく異なる原理原則で動いていてそれは京都の論理とは似ても似つかないものなのです。

この「京都ぎらい」にはなかなかおもしろいいろんなエピソードがあるのですが、一番嗤ったのは、山科在住の男性からの縁談があった女性が「とうとう自分も山科の人からの話が出るほど落ちぶれてしまったのか。だって山科って東山が西に見える場所でそこは京都ではないではないか」と嘆く場面です。

東山が西に見える場所」は「京都」ではないというのは今まで聞いたなかでもっとも説得力のある理由です。

山科を京都だと思っていない京都の人は実際には多いと思います。 よそ者のぼくでも山科は京都ではないと思っていましたから。

 


 

RachmaninovのVesper (Op.37)

月曜日の朝起きてテレビをつけるとラフマニノフVespers OP.37を国立モスクワ合唱団がやっていました。(参照) (この「クラシック倶楽部」いろんな演奏家の結構珍しい曲を放送するのでよいです。朝5時からというのが難点とも言えるのですがぼくは普通この時間に起きるのでぼくには何の苦もありません)

番組では「徹夜禱」とタイトルが付いていました。

しかし、この曲普通は「晩檮」というタイトルが付いていると思います。

大好きで何枚かのCDを持っていますが一番のお気に入りは スヴェシニコフ指揮、ソビエト国立アカデミー・ロシア合唱団 のものです。 録音は1958/8/8となっています。

とてもそんな昔のものとは思えない臨場感あふれた名盤です。 すごく頻繁に聴きます。iPhoneにも入れてあります。

VESPERS op 37

こんなジャケットです。

 

Amazonで探しても同じものはもう売っていないです。 でもApple Musicで探すと同じ演奏家のものが見つかります。

 

聴きましたがたぶん同じ演奏です。

サービスを契約している人は全曲聴けます!! これを聴くために一ヶ月契約しても損はしないと思います。

最近、松田聖子さんの曲がApple Musicで聴けるようになっているのに気づきました。全部聴いてしまいました。

Taylor Swiftもはじめて全部聴きました。

最大の発見はtofubeats大原櫻子です。

Apple Musicすごいです。


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加藤グループの研究上の不正

On 2013/7/31 水曜日, in Thus Spoke Dr. Hypoxia, by bodyhacker

加藤グループの研究上の不正

かねてから噂されていた東大の加藤茂明氏の研究室からの論文についての東大の調査結果の一部が発表されました。(参照)

改めていろんな波紋をよんでいます。

 

いろんな観点がありますがぼくにとって大きな問題は「やる気をそがれた」ということにつきます。

加藤氏はぼくが大学院生だった時分に頭角を現した研究者でそれ以後も世界の核内受容体の研究の牽引者の一人だとぼくは思ってきました。 そのような人があんな幼稚な不正を行っていたと知ってまったくもってやる気がそがれました。 お前は甘いといわれるかもしれませんが加藤氏はあんなことをする最後の人だと思っていました。

今回不正「認定された」43篇の論文に共著者として関わっていた人たちはこれからどうなるのでしょうか?

「大将」は「私が悪うございました」などと管理責任-この意味はわかりません-をあっさり認めしかし「自分は知らなかったのだ」と言い放ち自分の科学者としての良心は保ったままあっさり辞職を認めてもらい福島に引き込んで「いい人」になっちゃった訳です。

ハシゴを外された他の当事者はどうなってしまうのでしょうか。

 

日本の基礎医学研究のビッグネームで研究室の出身者も独立した研究者としてやっている人が多いなどここ数年の研究不正とはすこし構造が違う事件だと思います。

誰にも読まれない、引用もされないような論文はもし捏造されたデータを含んでいたまたはまったくの捏造だったとしても世の中に大きなインパクトはありません。

麻酔科医による大規模捏造も麻酔の専門医であるぼくでも彼の捏造論文などどこかで眼にした事があったという程度でましてその論文に基づいて麻酔医療を行ったという事はありませんでした。学会賞にも何度か応募していたようですが結局は受賞には至らなかったといことです。研究費を大量に取得していたかというと少なくとも日本学術振興会からの研究費がずば抜けて多額だったという事もありませんでした。論文の数が多かったというだけです。一種のネタとして扱われていたと思います。

これもこれで寂しい話です。

 

この事件でデータの管理が厳しくなると面倒だなと思っています。

米国にいたときに学んだ管理法と同等程度の管理はしていますが日本人はついついそれ以上の妙な「規則」を作って自分たちで自分たちの頸を絞める傾向にあるので心配です。

日本学術振興会から資金を得たら予備実験も含めた全てのデータを公的にdepositしろとかいわれても困ります。

そうなれば基礎研究は止めるか別の資金源を探します。もともと某研究所の体制が不満で飛び出し、二足のわらじを履いていけるところまで行こう、どちらかと選べという局面では基礎研究は捨てようと思っていたので「潮時」かも知れません。

 

ディオバンをめぐる問題

一方臨床医学に直結する分野ではかなり事情は異なります。

医学上のevidenceなどというものは儚いものです。

例えばこの報告

New England Journal of Medicineに2001年から2,010年にかけて掲載された様々な臨床研究のメタアナリシスです。

New York Timesでも紹介されました。(参照)

治療法や診断法など医療行為に関する1344の論文が対象で,そのうち981の論文はある疾患・病態の新療法・診断法などの有効性についての論文で362篇は従来療法・診断法の有効性を再確認する目的の論文でした。

これらの論文が最終的には

  • Replacement:新療法・診断法が従来療法・診断法より有効と判断された
  • Back to the drawing board:新療法・診断法が従来療法・診断法に比較して劣っていると判断された
  • Reversal: 従来療法・診断法がそれ以前の標準療法に比較して劣っている判断された
  • Reaffirmation:従来療法・診断法がそれ以前の標準療法に比較してより有効であると判断された
  • inconclusive.:明確な結論が得られなかった

の5種類に分類されます。

この論文の結論はいろいろあるのですが最も重要な点は362篇の従来療法の有効性を再検討した論文により”reversal”と判定された論文が40%で効果が”Reaffirmation”と判定されたものが38%,”inconclusive”と判定されたものが21.7%であったという事です。

NEJMでは毎年40回程度の”reversal”が起こっているのです。「常識」として行われていた様々な療法の有効性が確認できないどころか有害であるかもという療法が毎年見つかっていくのですからすごいことです。

たぶん,毎日発表される様々な種類の研究結果も数年すれば”reversal”と判定されてしまう可能性があるのです。 非常に優れた研究計画に従った優れた研究であっても例外ではないとおもいます。 これが医学の進化というもので赤の女王はこのことを”It takes all the running you can do, to keep in the same place“と表現しています。

とうことは一度は捨て去られた療法なり診断法が現代的な文脈では復活ということもあるのではないかとも考えました。

しっかりとした基礎生物学的な背景を持った治療・診断法は信じられやすいが実際に臨床上の有効性は無い場合があるのですがはやりその基礎的な背景がしっかりしているが故に復活するということもあるのではということです。

しかしこれとても解析の対象データが正しく収集されてそれが正しく解析されるという前提でこそなので今回のディオバンをめぐる事件のようにデータが操作されたらこれはどうしようもありません。

Natureに発表されたネズミを用いた研究成果を読んで次の日から自分の眼の前の患者に適応するぶっ飛んだ臨床医というのはほとんどいないと思いますが、New England J MedicineとかLancetに掲載された論文を読んでというか(たぶんabstractだけしか読んでいなくとも、またそれを解説した日本語の記事だけ読んで)その日から自分の臨床に適応する何ともナイーブな医者は多いと思います。

またこの世界、聞いたこともない雑誌に掲載された研究成果でも日本人が対象の初の大規模研究なんですというような言い方で宣伝される場合があります。何となく価値があるような気がするものです。

医者にはすごく強い裁量権が認められていますが個々の医者を「納得」-すごく広い意味です-させる材料をそろえれば”reverse”された療法・診断法を選択させることは製薬会社・医療材料会社には可能です。


大人の発達障害ってそういうことだったのか」 を読みました。

確かに某大学にはどう考えても発達障害だと思うしかない教授がいました。廊下で会っても挨拶もしないのはたぶん「病気」ですよ。 大学にはそのような人がごろごろいます。研究だけやっているにはよいと思いますが診療科を率いているとするとちょっと怖いですね。

関西弁講義

書店で見かけて買ってしまいました。ぼくは関西歴30年以上なのですがそうだったのかと思う事がいろいろと書いてありました。

 ホッチキス買いました。素晴らしいです。


日曜日の午後教室の先生の結婚披露宴に出席しました。

結構堪能しました。末永くお幸せに!!

隣の席にお座りになっていた現在は某病院の院長先生が面白い人でちょっと「びっくり」しました。


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